気持ちの持ちようで頭の引き出しを増やす
精神科医 和紀 秀樹
 前回(2004.4.16 Nd.04・073)、これか
らの社会では、情報より知識、つまり頭の引
き出しが多い人が勝つという話をした.そし
て、情報と知識の違いは、それが頭の外にあ
るか、中にあるかであると述べた.要するに
情報を知識化しなければならないのだ.

 情報を知識化することを−般に記憶という.
だとすると、情報がいかに知識化できるかは
記憶力の問題ということになる.多くの人は
若い頃と比べて記憶力が落ちたことについて
悩んでいるようだが、実は、最近の脳科学の
研究では、歳を取るほど記憶力が落ちるのは
ウソらしいという知見がでている.
 ロンドン市内には2万数千もの通りがあり、
ロンドンのタクシー運転手はそれを見事に記
憶、縦横無尽に車を走らせている.イギリス
のマグワイアという認知神経学者は、その運
転手16人を対象に、構造的MRIという画
像診断法を用い、彼らの脳の海馬の体積が一
般人と比べて大きいことを明らかにした.し
かしこれでは、タクシーの運転をすることで
海馬が大きくなるのか、逆に海馬が大きくて
短期記憶がいいような人がタクシーの運転手
になるのかはわからない.そこで、さらに詳
細な研究を行って、同じタクシーの運転手で
もベテランほど海馬が大きくなっていること
も示した.ハンドルを握って30年も経つと
海馬の体積は3%も大きくなるのである.神
経細胞というのは歳を取ると減る一方だと考
えられていたのに、増えるということがわか
ったのである.ハンドルを握って30年とい
うと 50歳前後になっているはずだが、そん
な歳になっても神経細胞が増えつづけている
らしいことまでわかったのだ.
 ロンドンのタクシー運転手のように頭を、
そして記憶を使い続けていれば、かなりの歳
になっても脳が発展していくというのであれ
ぱ、記憶力や脳の力については、何よりも使
い続けること、そして使い続けるための気の
持ちようが大切だということになる.意欲が
あれば、脳というのは若いままでいられるし
頭の引き出しも増やし続けられるのだ.
 それでも、記憶が落ちたという人がいるか
もしれない.
 ここで大切なのは、若い頃と、ある程度以
上の年齢の人間では記憶のシステムが違うと
いうことである.若ければ若いほど、極論を
いうと幼い子どもの頃は、人間の記憶は単純
記憶、単純暗記が主体になる.ところが、歳
を取るにしたがって、エピソード記憶と呼ば
れる体験にまつわる記憶が主流になってくる
この場合、意味が理解できたり、記憶に何ら
かの体験が伴っていたほうが覚えやすい.だ
から、単語を丸暗記するより理解しながら短
文を覚えたり、公式を暗記するより理解しな
がら−つの問題の解き方の道筋を覚えるほう
が容易になるのだ.理解を伴い、体験を伴っ
たほうが覚えやすいことを考えれば、人に聞
きながら理解して覚えるのは賢明なやり方と
いうことになる.
 記憶力が落ちたという前に、覚えるべきこ
とをもっと理解するように努めたり、覚えた
ことを実際に実行することで体験に結びつけ
たりなど、自分の記憶システムに合わせた記
憶法を身につけていくのが「頭の引き出し」
を増やす習慣になるのである.


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Last-modified: 2006-08-19 (土) 10:56:07