本:心を誘導する技術 中 辰哉 (著)

 成功者が語る成功体験記の域を出ていない。ビジネスセミナーの「好感度を高める話し方(架空)」と変わらない。セミナーよりはるかに安いので、そういうものを求めている人にはコストパフォーマンスは高い。

 脳は進んで騙されたがるを期待して購入したら、全く違っていた。マジックで使われる”注意”を操作するテクニックについてマジシャンの視線から解説されるのは興味深いが、なぜそうなるかについては全く検討されていない。

 一言で言うと、「コールドリーディングを使って世渡り上手になろう」という本だ。対人関係の仕事をする上では参考になる考え方は多いだろう。相手の気持になって働きかけ方を工夫するというのは社会性に通じる技術だからだ。それを「相手の立場に立って考えよう」といった無意味な言葉ではなく「こういう場合(相手)には、こういう言い回しをする」と具体的に教えてくれる。相手が欲している事を読んで取り入って操るのは詐欺の手口と一緒なので、この本を読んでテクニックを身につければ、詐欺も商談も犯罪捜査(コロンボもホームズもコールドリーディングの名手だ)もお手のものだろう。

 社交的になりたくも人脈も特に欲しくないと思っていても、役に立つ事はある。相手がこの本に書かれているような語り口や仕草で近づいて来たときに、「このテクニック使ってるな」と分かって楽しめるだろう。占い師や霊媒師のインチキに引っかかることも無くなるだろう。

 「ここに書かれているやり方を自分に対して行う人がいたら」と考えるのも面白い。おそらく全然話がかみ合わないままだろう。自分が特別に用心深く優秀という意味ではない。関心の方向が違うのだ。ポーが「盗まれた手紙」で、警察が隠された手紙を見つけられない理由として、「自分ならこうするという考えから抜け出せない。その方法であればどんなに巧妙にやっても警察が見落とすことはないだろうが、そこから外れると皆目見当がつかなくなる。犯人が警察より頭がいい場合には必ず、頭が悪い場合にも度々出し抜かれる。」と書いた。自分の場合は後者だ。

 この本の作者は大変な努力家で頭も良く才能もある。そして、人一倍欲も強い(欲というと言葉は悪いが、達成欲や成功への意欲といえば近いだろう)。だから、彼の使う手法の大半は人の欲を誘い込んで利用する。儲け話があったら誰でも必ず乗ってくると思っている。乗ってこないのは臆病なだけだから、そのバリアを除けば全員が儲け話に興味があると思っているのだ。ところが、それに興味が無い人間がいたら話は噛み合わないだろう。ビジネス書や経済評論家、政治家が若者論で見落としているのと一緒だが、これについては別の機会に考えたい。

 後、こういう成功者にありがちな見落としで、その人だから出来た、たまたまそうなったということが全人類に当てはまると思っていることだ。そして、「こうすればうまくいく」「努力すればかならず叶う」という。「うまくいかないのは努力が足りないからだ」と。しかし、それだけではないだろう。この人の魅力的な語り方や容姿で語れば聞いてもらえることも、自分のような容姿の人間がたどたどしく真似しても誰も振り向かないだろう。彼には分からないが自分には分かる。

 文章は平易で読みやすいが、半分くらいで投げ出した。「人は話したい生き物なので、あなたの聞く体制が整っていれば、相手も心を開いてくれます。」このフレーズが限界だった。自分は知らない人に話を聞いて欲しくないし、心を開きたくもない。

 オススメしたくないのでリンクしない。古本屋で100円で見つけて、他に読む本がないのなら買ってもいいというレベル。

追記:2014/2/14 Appollo Robbins のTEDでのプレゼンを観た時にこの本との違いに残念な気持ちになったが、出版社がビジネス啓蒙書みたいな本を売りたいという意向で作者に方向性を指示したのかもしれないと思った。中さんが不幸だったのは、「脳はすすんでだまされたがる」の作者のような研究者に出会う機会が無かったことだ。日本の異業種交換会に出て人脈を増やしてもこんな仕事にしかつながらないということだろう。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です