iPhone 5c の敵は iPhone 5。5s ではない。

ほぼ予想通りの内容だ。

 が、ひとつ見落としている点がある。旧モデル需要だ。こまでも iPhone シリーズはモデルチェンジをしても旧モデルが売れ続けた。そして、それが Apple の利益率の高さを支えていたと思われる。ところが、iPhone 5 の生産は困難らしく生産ラインが枯れても製造コストが下がらない。それを受けて iPhone 5 の要素技術をそのままに金のかかるボディをポリカーボネートにした 5c で需要を引き継ぐようにしたことだ。

 iPhone 5c は新製品ではなく iPhone 5 の継続販売なのだ。日本以外において未だに iPad 2 が売られて売れているのと同じように iPhone 5 の需要を iPhone 5c が引き継げば十分なのだ(ホントのことは Apple でないと分からないだろうが)。

 この記事が不十分なのは、5 や 4S の価格と 5c とを比較していないことだ。5 の価格と供給関係こそが 5c の需要に影響する。iPhone 5 が iPhone 5c より安く十分に供給されていれば iPhone 5c は売れないに違いない。5c が 5 より安くなるか 5 の供給が絶たれるまでは 5c の需要は盛り上がらないに違いない。

不人気のiPhone 5cを買い始めた中国の労働者たち
山田 泰司=EMSOne
 当コラムでは2回前の「iPhone 5cに圧勝した『土豪ゴールド』」で、中国でも廉価版として米Apple社が出したスマートフォン「iPhone 5c」(以下、同5c)の販売が低迷しているようだということを書いた。その後も、中国や台湾では同5cの不調を伝える情報が相次いでいる。

 中でも注目されたのは、EMS(電子機器受託生産)世界最大手の台湾Hon Hai Precision Industry社〔鴻海精密工業、通称:Foxconn(フォックスコン)〕が、同5cの生産を打ち切り、Apple社が同5cと同時に発売を始め品薄状態が続いている旗艦モデル「iPhone 5s」(以下、同5s)の生産に注力するというものだ。

 こうした情報は大半が市場関係者や金融機関のアナリストによるものだったが、業界の関心を集めたのは、台湾の経済紙『工商時報』(2013年11月16日付)の報道。同社のiPhone主力工場である中国河南省の鄭州工場で同5cの生産ラインで働いているというワーカーだという人物が同月中旬、ネットに書き込んだ内容を紹介したものだ。「昨夜の生産台数はたったの200台だった」「ラインリーダーは我々に、同5cとの最後の時間を大切にするよう呼びかけた」「もう工場の中で同5cを見ることはできない。今後また見たくなったら外で買うしかない」などとして、同工場での生産が間もなく終了することを示唆。さらにこの人物は、鄭州工場において同5cが「49」、同5sが「5X」というコードネームで呼ばれているとした上で、「私たちのラインは間もなくコードネーム5Xの生産を始める」と披露。これらの情報は全て、ラインリーダーから聞いたものだとしている。

 工商時報は同月26日付でも、Appleウオッチャーとして著名な台湾KGI証券のアナリスト、郭明錤氏が最新レポートで、同5cの2013年第4四半期出荷台数を、従来予測から35%下方修正し724万台にとどまるとの見方を示したと紹介した。郭氏は、年末商戦など最盛期を迎える第4四半期においても、同5cの販売が大きく改善することはないと予測。出荷台数が2013年第3四半期から11%減少するほか、旧モデル「iPhons 5」「iPhone 4S」の合計934万台をも下回るとの見方を示した。

 このように、同5cについては不振を伝える情報ばかりが目立つ。こうした中、上海で働いている中国人の20歳代前半の友人から最近、「産休で里帰りしている妻に同5cを買ってやろうと思っている」という話を聞いた。さらに彼自身や、彼と同じような境遇にある彼の同僚たちの話を聞いてみると、同5cが中国で本格的に売れ始めるのはこれからなのかもしれない、と思わせるものがあった。そこで今回は、私の周囲という極めてミクロな話ではあるが、中国の一大所得層である月収3000元台の労働者たちの話を紹介することで、同5cの売れ行きを占ってみたい。

 この友人、周くんは22歳。上海から500kmほど離れた内陸安徽省の農村出身で、中学を卒業後、16歳で上海に出稼ぎに来た。花市場の力仕事、美容師、ベビーシッターなど職を転々とした後、3年前から上海浦東国際空港にある物流会社の倉庫で働いている。19歳の妻と7カ月になる娘は彼の実家に里帰り中。月給は3500元(1元=約16.7円)で、妻は出産を機に上海の縫製工場の仕事を辞めたので、これが周家の世帯収入だ。職場近くに500元で借りているワンルームアパートに住んでいる。

 150人ほどいる周くんの同僚は、管理者を除いて彼のような地方出身者で、18~28歳ぐらいまでの男性がほとんど。月給は、新人の時からほぼ3500元で、何年経っても昇給はないのだという。ちなみに、iPhoneを作っているフォックスコンのライン従業員も、残業代を入れると月給は3500元前後だと言われている。すなわち、3000元台というのは、現在の中国において、労働者の平均的な収入だということができる。

 さて、周くんは田舎の妻子と毎日、携帯電話を使って通話している他、中国の代表的なソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)の「QQ」を使ってチャットをしている。ただ、2人とも現在使っているのは2年前に1000元強で買った中国Lenovo社(聯想)のスマホで、最近動きがかなりモッサリしてきた他、子供の写真を撮ったり送ったりするのにも非力。2人同時に新調できればビデオ通話もサクサクできて、妻子とはなれて暮らす周くんにも便利だが、子供ができて以来何かと物入りで、予算的に厳しい。そこで、子供の写真を撮ることを最優先ということで、妻のスマホを買い替えることにした。そこにちょうど登場したのが同5sと5cだった。

 周くんが一番ひかれたのは、中国で最も人気のある「土豪金」ことゴールドカラーの5sだった。ただ、中国での価格は公式ショップのApple Storeで16Gバイトモデルで5288元。周くんの月給の1.5カ月分で、月給の1カ月分までと決めている予算を完全にオーバーしているため、食指は動かなかったという。これに対して5cは給料1.3カ月分の4488元で、これも予算を上回る。そこで周くんは、予算内に収まる韓国Samsung Electronics社の「Galaxy」シリーズのローエンドモデルか、「中国のApple」として最近国外でも知られ始めた新興ブランド、Xiaomi社(小米科技)の「小米3」のどちらかを買おうと考えた。

 ところが2013年11月に入って状況が変わった。販売不振を受け、5cの実勢価格が下がり始めたのである。Taoba.com(淘宝商城)などのネット通販サイトでは同月中旬、香港から密輸したSIMフリー版が3100元と、周くんの予算内に収まる水準にまで下落した。

 周くんは「5cの値段がここまで下がると、Xiaomiの小米3やSamsungのGalaxyよりも、5cの方が圧倒的にいい、というのが同僚や仲間内の評判だ」と話す。5cの相場が3500元、つまり彼らの月給を割り込んだ途端、「5cを買う」という同僚が一気に増えたのだという。

 「僕たちのような給料が3000元台の人間にとって、100元、200元の違いでも生活に影響が出る。また、携帯電話の端末に出すお金は給料の1カ月分までと決めている人が大半です。例えば僕の場合、5cが4000元なら買わないけど、3500元なら買う。金額にすれば500元に過ぎなくても、それが、給料の1カ月分であれば安心だけど、1.2カ月分だと『今月や来月の生活は大丈夫かな』と不安になるのです」と周くんは話す。

 世評では、5sと5cの価格差が800元しかないことから、5cについて「どこが廉価版なのか。旗艦モデルと大した差がないではないか」との声が相次いだ。ただ、5cを出すに当たりApple社が最も意識したと言われる中国市場において、800元というのは、周くんのようなワーカークラスの人たちにとっては、大きな価格差だったのである。しかし、4000元台という価格設定は、やはり高すぎたようだ。

 価格のことはよく分かった。では、同じ価格帯にある小米3やGalaxyのローエンドモデルなどの競合品に比べ、5cのどこが、周くんらにとって魅力的なのだろうか。それは、ホワイト、ピンク、ブルー、イエロー、グリーンの5色のカラー展開と、この5色にブラックを加えた6色の専用ケースなのだという。「あんなにきれいな色は、Apple以外のブランドにはまったくない。中国の若者は、ああいう明るい色が好きなんだよ」と周くんは話す。Apple社は5cのケースの色について、「他の何にも似ていない6つのカラー」と表現しているが、周くんの話を聞くと、Apple社の目論見は見事に当たっているように思える。

 しかし、5sと5cが発売された際、周くんが一番ひかれたのは5cのゴールドだと言っていたはずだ。その点を尋ねると、周くんは笑って、「中国人が一番好きな色は金色ですよ。だけど、若者は5cの色も発表された時から大好きだった。でも、明らかに5cよりも性能が良くて、色もいいという製品が同時に出たら、それより劣るものを買うのは気分的に残念じゃないですか? もし、5sと同時の発売でなく、1カ月でもずれていれば、5cの評判は、少なくとも若者たちの間では、出足から良かったと思うよ」というのが、周くんの分析だ。

 周くんは5cの値段が下がり始めた2013年11月以降、携帯電話の小売り業者が数百軒も入居する上海駅前の「不夜城」と呼ばれるビルに週に1度は足を運んでいる。すると、同年11月23日に訪れた際には、香港からの密輸品が3200元と、1週間前の相場よりも100元上がっていた。店員に聞くと、「あんたたちぐらいの若いヤツが買い始めたからだよ」と説明されたということだ。

 需要がこのまま上向き価格も再び4000元に近づいていけば、周くんらの所得層はまた、5cに手を出しにくくなり、売り上げも鈍化することだろう。その分岐点こそ、Apple社が付けるべきだった同5cの適正価格ということになるのかもしれない。

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