この発送が素晴らしい。エレクトリックギターの弦とピックアップとの関係を逆転させたということだろう。ということは、金属の弦を使っているものなら全ての楽器に応用出来るはずだ。
これまで、ピアノの自動演奏というと鍵盤を機械的に押さえるものだったが、これなら弦そのものを直接動かすことができる。
スピーカーは振動板で空気を揺らすので弦とは違う。どこまで行っても再生でしかない。これならほんとうの意味での生音を再生できる。
ただし、電機楽器の音はスピーカーから出るのが「生」なので、これはアレンジを加えるだけだ。もちろん、この楽器で鳴らした音を録音して再生した時に違いが分かるというのも無意味だ。
Wo-96でギターを永久に変える。ムーグギター発明者ポール・ヴォの新たな挑戦 : ギズモード・ジャパン
この「Vo-96アコースティック・シンセサイザー」ほど革新的な楽器は久々に見ました。1台取り付けると、どんなアコースティック・ギターも音色が変わるんです、物理の法則を破って。
「破る」が大袈裟なら「操作して」ですかね。
考案者はムーグギター(Moog Guitar)の無限サステインを発明したことで知られるポール・ヴォ(Paul Vo)さんです。
ここでは、ヴォさんがこの魔法の楽器に辿り着くまでの物語をご紹介しましょう。
ムーグギターの「無限サステイン」というのは弦を弾くと永久に振動が続く技術のことで、それ自体もすごいのだけど、このアコースティック・シンセのケーパビリティはあの比じゃありません。
あれを土台に開発したVo-96は、いわばアコースティックギターという昔ながらの木の器を全く新しいものに変える超高度なアドオン。ギターに取り付けて設定を変えるだけでバイオリンから木管、アナログシンセまで好きな音に変えられるのです。
ヴォさん(61歳)はかれこれ10年近く、この技術の開発を進めてきました。
「技術としていける」と周囲の人には1979年から言い続けてきたヴォさんですが、実現の土壌が揃ってきたのは2000年前後になってからです。オーディオ業界で製品開発の仕事に20年携わった後、2004年からVo-96の振動制御技術に目を向け、カリフォルニアからノースキャロライナ州ローリーに引越してラボを開設し、開発に着手しました。
2006年には近在のノースキャロライナ州アシュビルにあるムーグ(Moog)社にアコースティックの試作機を披露します。エレキの試作機ができたのは翌年。この年ヴォさんはMoog社と共同で1年半かけてムーグギターをデザイン・製造するプロジェクトに正式に着手したんですね。こうして完成したのがこちら、内部のエンジニアリングと外のアートが見事に融合した逸品・ムーグギターです。
これが一段落したところでヴォさんは、元々思い描いていた「Vo-96」の構想に意識を戻します。ヴォさんの技術を最もピュアに体現したもの、それがこのVo-96なのです。
Vo-96は最初見るとあまりにも巨大で「これどうギターに取り付けろっていうのよ?」と頭を抱えてしまうような代物…。下図のように内部は複雑そのものなんですが、でもいったんギターに取り付けてしまえば、あとは一番上のUIのとこしか表からは見えません。電子部品のところは全部ギター本体の中にすっぽり入ってしまうんですよ。
エレキギターはアナログかデジタルの処理で音の歪みが出せるって話はみなさんもどっかで聞いたことありますよね? Vo-96はあれとは全く別物で、一応アナログもデジタルも両方処理してギターのサウンドを変えてることは変えてるんですが、エレキギター+エフェクトみたいに音を弾いた「後」に 波形を変えるんではなく、Vo-96は波形を「リアルタイムで」変えてしまうんです。
要するにVo-96は、ギターが音を出す物理そのものを変えてしまう、ということ。
どうしたらそんなことができるのか? その秘密はギターの弦と「双方向の対話(two-way conversation)」(ヴォさん)を可能にする内蔵技術にあります。弦の音を聴き取り、きっかりに計算した磁力を弦に返して音の出方を変えてやるのです。
インタラクティブ部にはトランスデューサー(送受波器)が計12台(弦1本につき2台)入っており、振動する弦が発するエネルギーからサンプルを抽出し、それを電子シグナルに変換して、ギターの中に取り付けたバッテリ駆動の制御ボックスに送ります。
するとボックス側で、各弦にどれぐらいのエネルギーを与えるかを計算し、その情報をトランスデューサーに上げてやる。あとはそちらで処理してくれるんですね。この一連の操作は、弦の振動よりずっと速いペースで起こるので、トランスデューサーが聴きながら同時に喋ってる、みたいなイメージというわけです。
…と書いてしまうと単純に過ぎますね。弦の振動の仕方を変えるVo-96の精密な制御力は驚くべきもので、弦1本1本から出る16の異なる調波(倍音)、これを変えてしまうんです(16種の倍音 × 6弦 = Vo-96)。これらの部分音ひとつひとつに装置で力を与え、あるいは力を削ぐ。特定の倍音だけミュートにしたり、(電池切れになるまで)永久サステインで伸ばしたり、そんなこともできます。
どの倍音を、どのように変えるか。それによって全く違う音を奏でる楽器になるんです。…と、いきなり言われても戸惑ってしまうので、Vo-96の初バージョンには6つの設定要素が予め仕込まれており、静電容量式タッチのスライダーで調整できるようになってます。96通り調整つまみ出されても気が狂っちゃいますからね。UIはある程度シンプルにしないと。
「こいつを通して母なる自然の懐の深さを改めて思い知った。1本の弦から生まれる音は僕が頭の中で考えていたより、遥かに多いんだ」
Vo-96の初期ロットには自分が試行錯誤して面白いと思った音をプリセットしたヴォさんですが、他の世界中のギター弾きはどんな音に興味示すのか、その辺も是非知りたいなと考えています。
このVo-96の話が巷で囁かれ出したのは半年ぐらい前からです。 ヴォさんの技術のライセンス所有者であるムーグ・ミュージック(Moog Music)が謎の楽器の写真を「LEV-96」というコードネームで掲載したのがキッカケ。きれいな道具の写真と意味深な解説があるだけで、具体的に何なのかは、よくわかりませんでした。実際の音を誰かが耳にしたのは2月になってからです。
ヴォさんは4月上旬、350台生産に向けKickstarterで一般賛同者から出資を募り始めました。ヴォさんのような実績のある発明者がKickstarterでクラウド調達なんて妙な気がしますけどね。実際ムーグギターは順調に売れ、2008年発表時には世界最大の楽器業界ショーNAMMで最高賞も受賞しています。なぜ?
昨年秋の段階ではあんなにLEV-96の試作機を自慢してたムーグ・ミュージックですが、製品化の予定がないようなんですね。少なくともVo-96のような製品として売り出す気はないのです。昨年12台LEV-96はベータテストしたんですが、それも昔ながらの研究開発の一環で終わりました。ムーグと言えばシンセで音楽の世界を変えた伝説の楽器メーカーさんですけど、要は採算とれるかどうかですもんね。Vo-96は詰めが甘くて一般デビューは無理と判断したんです。
でも、ヴォさんはそんなに易々とは諦め切れません。「市販品は無理でも、絶対市場はあるという確信があったんだよ」(ヴォさん)
ムーグギターもVo-96開発プロジェクトも支援してもらってムーグには本当に感謝してる、「恩人だ」が口癖のヴォさんですけど、氏には振動制御技術の開発・発展のためなら何でもやるという100%の覚悟があります。そこで両者で話し合い、そんなにやりたいなら独立して自力で開発を進めてよし、という結論になったんです。
で、こういう場合、出資を募るのはKickstarterが一番。ムーグ社もプレスリリースで応援してね、と告知をしました。Kickstarterに出した背景には、「Vo-96に対する一般のリアクションを見て、ファームウェア更新やハードウェア改良の参考にしたい」というヴォさんの思惑もあったようですね。
Vo-96は1台1050~1450ドル(出資賛同時期により値段に差がつく)。出資は部品の調達、ソフトウェア開発加速化に役立ててゆきます。
どうなるのかなーと眺めていましたら、この原文公開の1か月後、Vo-96は目標額調達に成功しました! 初期ロットが出回って評価が入ればまた裾野が広がってゆきますね。楽しみ!