日銀の異次元緩和は全く効果を上げていない:日経ビジネスオンライン

 裏張り的なタイトルではあるが、インタビューの内容は自分が繰り返し書いていることと同じだ。この指摘が正しいかどうか覚えていたら検証したい。

日銀の異次元緩和は全く効果を上げていない:日経ビジネスオンライン 2014年10月17日(金)

このほど出版された『アベノミクスの終焉』で、日銀の黒田東彦総裁による異次元緩和は全く効果を上げていない、と厳しく指摘されています。改めてご説明いただけますか。

服部氏:9月8日に政府は今年4~6月期の実質GDP(国内総生産)をマイナス7.1%(年率換算)に下方修正しました。今年1~3月期のGDPがプラス6%(同)と非常に高かったのは、消費増税をにらんだ駆け込み需要が大きかったからで、4~6月期にその反動減が生じるのは当然ですが、その落ち込みは政府の想定以上に大きい。この落ち込みが4~6月期だけで終わって、再び回復すれば問題はありませんが、消費の回復はやはり非常に遅い。

 10月1日に発表された日銀の短観(全国企業短期経済観測調査)を見ても、大手製造業は円安効果で多少よくなっていますが、特に小売り、消費の伸びが悪いことがはっきりしてきたわけで、日本の景気の足取りはかなり危うい。私が指摘したような方向に進んでいる、ということです。

2013年上期の成長率、アベノミクス効果か疑問

つまり、異次元緩和が全く効果を上げていない証拠だと…

服部氏:そうです。安倍晋三首相が政権を取ったのは2012年12月。日本経済はその直後の2013年上期に4%超の高い経済成長率を記録しました。しかし、私はそもそもこれがアベノミクスによる効果だったのかという点を疑問視しています。

 というのも政府は暫定的な認定ながら、景気の下降から上昇への反転の時期である景気の谷を2012年11月としています。2012年5月に始まった景気後退がわずか7カ月で底入れしたわけで、安倍政権が発足した時には既に景気回復が始まっていたということです。

 だいたい政権を取って政策を実行しても、効果が出るのには当然、時間がかかります。ですから2012年終わりから景気がよくなったといっても、それがアベノミクス効果であるかどうかは甚だ疑問と言わざるを得ません。

しかし、安倍氏は政権を奪還する前の2012年11月から講演などで「政権を取ったら日本のデフレを解決するために、日銀による無制限の金融緩和に踏み切る」と発言していました。このことによる偽薬効果(プラシーボ効果)はあったと本で指摘していますね。

服部氏:はい、「すごい規模の金融緩和を実施するらしい」と期待させたという点で異次元緩和のプラシーボ効果はある程度あったと思います。株式や外貨の投機によって利益を得ようと考える投資家たちは、アベノミクスに本当に効果があるのかどうかによってではなく、ほかの人たちがアベノミクスに対してどう考え、行動するかを考えて投資スタンスを決めます。従って、多くの人が「効果がある」と期待して一気に行動を起こしそうだとなれば、あえてそれに合わせた投資行動を取ることはあるわけで、それによって株価上昇と円安が生じることは十分あり得ます。

 安倍政権初期段階の円安と大幅な株価上昇は、それ以前からの景気回復傾向に、そうした偽薬効果が加わったという部分が大きかったというのが実態でしょう。

アベノミクスは昨年前半で終わっている

服部氏:黒田総裁は2013年3月に総裁に就任し、さっそく翌4月から量的・質的緩和に乗り出しましたが、翌5月に株価は1143円と大きく暴落しました。1日の下げ幅としては、これは2008年の金融危機の際にも経験しなかった大きさです。以来、基本的には円安と株価上昇の進行は止まったといっていい。今年8月以降、政府サイドも動揺するほど円安が一時進みましたが、この円安は異次元緩和とは異なる要因による円安ですから。

 つまり、円安と株価上昇が進んだのは、ほとんどが異次元緩和を開始する前で、異次元緩和後は1カ月半しか続かなかったということです。

つまり、景気回復は以来、持続していない、ということですね。

服部氏:そうです。確かに2013年上期は景気回復局面にあったことから、結構な経済成長を実現しました。しかし、2013年下期の成長率は、アベノミクスの「第2の矢」である景気刺激策による政府支出の拡大と、消費税増税をにらんだ民間住宅投資と耐久財消費の拡大分を除くとゼロ成長かマイナス成長です。

 2013年下期に日本経済は失速したわけで、あの5月の株価急落時点で異次元緩和は既に失敗したと私は見ています。今年1~3月期のGDP伸び率が大きかったのは、最初にも話したように消費増税の駆け込み需要のおかげで、政府は駆け込み需要の規模は小さいと言っていましたが、そんなことはなかった。だから、その反動は非常に大きく、今年4~6月の成長率が大きく落ち込んで今に至っているということです。

 アベノミクスと言うけれど、2013年前半で終わっているということです。ですから政府はまず、現状が非常によくないという現実を認識する必要があります。

起きなかったトリクルダウン

従って、安倍政権が主張してきた「富める者が富めば、貧しい者にも自然に富が浸透する」トリクルダウンは起きていない…

服部氏:一時的な株高によって資産効果は一部の裕福な人たちにはもたらされたかもしれませんが、それが波及していくという効果は起きていません。名目でこそ賃金は伸びていると言うけれど、いわゆる輸入インフレが生じており、名目賃金から物価上昇分を差し引いた「実質賃金」となると、前に消費税を上げた1997年の時よりも大きく下がっている。その下がり方は2008年の金融危機発生による世界同時不況の時以来です。

 円安もごく一部の大手製造業にとってはプラスになっていますが、日本経済全体では輸入インフレというマイナス効果の方が大きくなっているのが現状だと思います。8月中旬から10月上旬に進んだような1ドル=110円に近い円安が進めば、輸入インフレはさらに進み、実質賃金が一層下がっていくことになる。そうなれば消費回復はどんどん遅れていく。

 実際、米連邦準備理事会(FRB)はこの10月を持ってQE(量的緩和)を終了し、来年は利上げすることを視野に入れています。最近の円安は、米国の金融引き締めを前提にしたドル高によってもたらされている円安ですから、さらなる円安が今後進む可能性は十分にあります。そうなれば、輸入インフレによるマイナス面が一層顕在化して、消費は冷え込むでしょう。

 国内の需要が盛り上がらなければ、企業は輸出や海外でお金を儲けても国内で設備投資などしません。安倍首相は「円安になって、製造業の大企業が稼いで、それが賃金に波及して経済の好循環が始まる」と言っていますが、実際に起きているのは逆で、輸入インフレによって日本経済が悪循環に陥っていく可能性が高い。

まず政府、日銀の状況認識がおかしい

さっきも指摘されましたが、今回の本では、政府及び日銀の状況認識そのものがおかしい、間違っているのが問題だと、何度も書いています、、、、

服部氏:冒頭で言ったように、政府が当初、消費税の駆け込み需要が小さいと判断したこともそうですし、今の消費の冷え込みもあくまでも「一時的なもの」というスタンスです。状況認識を間違えば、当然、打つ手もおかしくなるわけで、そこを私は強調したい。

 例えば、黒田総裁はこの10月9~10日に米ワシントンで開催された20カ国・地域(G20 )財務相・中央銀総裁会議に出席する前の8日、ニューヨーク市内で講演しましたね。そこでも「日本経済は、消費税率引き上げによる一時的な減速を乗り越えて回復を続けていく」と話しています。日本が今、直面しているのは、「一時的減速」などではありません。

 このように実態を正しく捉えていないところが現在の最大の問題ではないでしょうか。

しかし、GDPが伸びず、目標のインフレ率もなかなか実現しない中、さらなる異次元緩和実施への期待が高まってきそうです。

服部氏: 今の政権の政策フレームワークで考えれば、経済が悪くなれば、もっと緩和しろということになるのは当然の帰結でしょう。従って、やる可能性は高い。しかし、問題は異次元緩和をしても理論的には効果など何も期待できない、ということです。

 普通の人は、日銀が異次元緩和をやるというと、お札を刷りまくって、世の中のお札が増えてじゃぶじゃぶになっていると思っている節がありますが、それは誤解で、実際にはそんなことは起きていない。日銀は何をやっているのかというと、銀行から国債を買い上げて、その代金を各銀行が日銀に持っている当座預金口座に振り込んでいるだけ。当座預金口座の残高が増えているだけです。

 本来ならば設備投資をしたいと考えている企業に銀行が貸し出せば、設備投資によって雇用も増え、経済が回り出す。しかし、現状では企業は海外生産を増やすことはあっても、国内での需要拡大が見込めないだけに、国内での投資対象がない。従って、各銀行にしてみたら使い道がないから、ただそれをデッドストックみたいな形で日銀の口座預金に貯めているだけ。異次元緩和をしてもほぼ何の効果も発揮していないことは日銀の資金循環統計を見れば明らかです。

いざなみ景気から日本の実質賃金は上がらなくなった

服部氏:やはり、何より目をむけるべきは実質賃金が上がっていないという点です。その意味で、安倍首相が「賃金を上げなければならない」と言っているのは正しい。しかし、今、言ったように設備投資の需要がない中でこれを今の日本で実現させるのは容易ではありません。

本で、いざなみ景気以降、日本の賃金が上がらなくなった点においては、米国と同じ道を歩んでいると指摘された点は重要だと思いました。米経済学者のジョセフ・スティグリッツ氏も、米国では所得(インフレ調整済み)の中央値が4半世紀前の1989年よりも低く、男性労働者に限れば、40年前に比べても低く、こうしたいわゆる中間層が圧縮され、疲弊していることが米国経済の健全性低下の根底にあると様々なところで指摘しています。

 周知の通り、2002年1月を底に2007年2月まで73カ月続いたいざなみ景気は、好景気としては戦後最長を記録したわけですが、景気回復局面にありながら賃金の伸びは停滞、もしくは低下しました。こんなことが起きたのは日本では戦後初めての事態だったわけです。

 米国も確かに、既に企業の業績が回復しても、賃金の上昇に結びつくとは限らないということを示しています。それが中間層を痛めているのは事実でしょう。しかし、日本の場合、より深刻なのは、人口が増え続けている米国とは異なり、成長余力そのものがなくなってきている、という事実です。

 大きなフレームワークで日本の将来を見ると、人口が減っていく。しかも、ただ減るのではなく、老人が増えていく。働く人たちが減っていく。現在、経済はそんなによくないにもかかわらず、失業率は下がってきています。金融危機の時は上がりましたが、今年8月も3.5%という低さです。これは成長の余力がなくなってきていることの証左です。

 そもそも、こういう状況の中で経済がどんどん成長することを前提に物事を考えていくのがいいのか――。経済構造そのものを変えなければならないわけですが、どうすればよいのかとなると、これは極めて難しい問題で、私にも明快な解答はありません。ただ、少なくとも現実をまず、正しく認識する――。何よりもそれが不可欠であることだけは確かです。

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