樋口晴彦教授、「実効性を高めるためにどうしたらいいか」教えて下さい。

 J-SOX、社外監査役、コーポレート・ガバナンス法、企業の倫理を求める法規制は全て骨抜きにされている。有価証券報告書には社長の内部統制報告書と監査法人の監査報告書が付いているが形骸化している。今、不祥事が発覚している企業はすべて前年までの有価証券報告書には「不正はありません」と書いていたはずで、そのことについて罰則が適用されたのを聞いたことがない。

 この記事に書かれていることは一々もっともだ。でも、そんなことは誰でも分かっている。今求められるのは「なぜ機能しないか」ではなく、「どうやったら機能させられるか」だ。それについては大学教授は全く策がないようだ。

「再発防止策」はなぜ機能しないのか

企業不祥事に詳しい、警察大学校・樋口晴彦教授に聞く
2016年5月24日(火)
西頭 恒明

昨年発覚した東洋ゴム工業の性能データ改ざんや東芝の不正会計、そして三菱自動車の燃費データの不正と、企業不祥事が絶えない。三菱自動車は2000年、2004年のリコール隠しに続く3度目の不祥事発覚だ。

なぜ企業不祥事がやまず、再発防止策も機能しないのか。リスク管理の観点から企業不祥事を数多く研究してきた警察大学校の樋口晴彦教授に聞いた。(聞き手は西頭 恒明)

樋口先生はリスク管理の観点から、東洋ゴム工業の性能データ改ざんや東芝の不正会計など、様々な企業不祥事を研究されてきました。今回発覚した三菱自動車の燃費データ不正事件をどのように見ていますか。

樋口:検査関連の偽装という点で東洋ゴム工業の不正事件とよく似ています。不正が生じた原因も共通しています。1つは、技術力が要求されたレベルにまで達していなかったこと。それから、経営陣や上司による厳しいプレッシャーがあったことです。

 ただ、こうした原因による不正はこの2社だけではなく、どの企業にも起こり得るものです。東洋ゴムや三菱自動車のケースは影響が極めて大きいために重大な不正だと騒がれていますが、決して特殊な会社で特別の事情があって発生したものではありません。

確かに三菱自動車だけでなく、スズキでも燃費測定で不正があったことが発覚しています。昨年明らかになった東芝の不正会計では、まさにトップをはじめとする上司からのプレッシャーが不正につながっていました。

樋口:そもそも経営者が自社の技術力の限界を知らないか、知っていてもリソースを投じようとせずに、現場に「頑張ればこのくらいできるだろう」「何とかしろ」と指示することに問題があります。

 日本の企業では上からの指示に対して、「それはできません」とはなかなか言えません。「これだけのリソースがあれば」という提案ですら、言い訳のように受け取られがちです。そのため、「どうやってでも結果を出さなければ」と関係者が思い詰めてしまうわけです。だからこそ、ある特別な会社の話ではなく、どの企業でもこうした不正は起こり得るのです。

自分の利益のためではなく、「会社のためだ」と自己正当化して不正に手を染めてしまうケースも多いと思います。でも、それは本当の意味では会社のためではありません。

樋口:不正が発覚に至る前に、上司にそれとなく不正の存在を匂わせるケースは少なくありませんし、上司の側も「これはおかしいかもしれない」と薄々感づいている場合もあるようです。それでも上司が何も手を打とうとしないことが多いのも問題です。

 よく、「部下を信じていた」と言い訳する上司を見ますが、これはきちんとマネジメントできていないことを吐露しているだけです。そんな上司は、本当は『パンドラの箱』を自分で開けてしまうのが怖いだけなのです。もし不正が発覚すれば大きな騒ぎとなり、自分の責任も問われますから。

 実は、東洋ゴムなどの過去の不祥事を見ると、上級幹部が不正を認識してから、それが社長に伝わるまでにも時間が掛かることが多いんですね。その理由は、1つには実害が大して出ていないので隠し通そうとする。それから、不正ではなかったことにするために、検査のやり方を変えるなどして、後付けで正当化する理屈をひねり出そうとするケースもあります。

 これもやはり、トップからのプレッシャーを恐れているんですね。「記者会見でどう説明すればいいんだ」などと叱責されるのが怖くて、事実をすぐに報告できない。

「風土」や「体質」のせいにするな

そうした企業風土や組織体質は多くの日本企業にはびこっていそうですね。

樋口:この問題を正確に捉えるには、風土や体質という言葉を安易に使ってはいけません。戦後の「1億総懺悔」と同じで、業務管理上の個別の問題点の追及が曖昧になり、具体的な改善策や改革案が出てきにくくなるからです。

 問題の本質は、日常的な業務管理がきちんとできていないことにあります。

 例えば、営業部門が無理なノルマを与えられ、期末になると取引先に押し込み販売するといったことは大抵の会社で見られる光景だと思います。これも、経営者や上司が正しく業務をマネジメントしていれば、そのような事態には陥らないでしょう。

 それから、組織体質を変えるというのは、おそろしく大変なことなのですね。あるコンサルティング会社が、不祥事を起こした企業のために体質改善策を打ち出しました。半年後に社内アンケートを実施し、「変化が表れ始めた」と報告したのですが、私に言わせれば組織の体質が半年程度で変わるはずがない。本当に変わるには10年は掛かります。日本人は、こうしたアンケートの際に、「上司が期待しているような回答」をしてしまうので、見せかけの数字が表れているだけです。

 そもそも企業風土や組織文化は誰かに言われて変わるものではありません。実践を通じて自然と身に付いてくるものです。ですから、日ごろの業務の中で、「あっ、これはやってはいけない」と気づき、立ち返ることを積み重ねながら少しずつ改善していくしかないのだと思います。不正を防ぐには、あくまでも業務をきちんと管理することが重要なのです。

対策を練るより、機能させることが重要

実効性のあるリスク管理体制や再発防止策はどのように構築すればいいのでしょうか。

樋口:これまでいくつもの企業不祥事を研究してきましたが、リスク管理の体制がなくて不祥事を起こしたという事例は一つもありません。体制を作っていても、それが機能していないことこそ問題なのです。

 何かの原因で既存のリスク管理体制が機能していないところに、いくら新たな体制を築いたり、積み重ねたりしたとしても意味がありません。既に構築してあるリスク管理体制が実際に機能するようにさせることが大事です。

 私は今回の三菱自動車の不正事件を機に、これまでの再発防止策のあり方を根本的に見直すべきだと思っています。日本企業の再発防止策は空理・空論・建前ばかりで、実効性や実利に乏しいものばかり。だから再発防止策が機能しないんです。

 三菱自動車や東洋ゴムのように不祥事が再発するのは、「その会社が特殊だから」、と考えるべきではありません。以前の不祥事が起きた際に、弁護士や公認会計士などで構成される第三者委員会や外部の有識者が作成した「診断」や「治療策」が本当に正しかったのか、実効性があったのかを検証する必要があると思います。

 患者の病気がいつまでも治らない場合、患者の特異な体質のせいにするよりも、「診断」や「治療策」が間違っていたのではないかと考え直した方が賢明だということですね。

 例えば、再発防止策の一環として、社員個人に対する倫理教育を強化する企業が少なくありません。しかし、実際の企業不祥事では、個人としては倫理的な人であっても、組織人としてやむなく不正に手を染めてしまうことがよくあります。つまり、組織管理の問題を何とかしなければならないのに、個人の倫理教育を強化しても解決策にはなり得ません。

 また、不祥事が発生すると、多くの企業が何々委員会や何とか対策室などの新たな部署を立ち上げます。私は毎年30社以上の民間企業でリスク管理に関する講演をしていますが、そこで話を伺うと、何かあるたびに外部有識者の指導で不祥事対策の部署が追加された結果、社内には対策部署が乱立しているという企業が多く見られます。

 そんな会社では、対策部署の人員が兼務で就いている人ばかりで実員が不足し、しかも乱立する対策部署の役割分担も調整されておらず、形骸化しているのが通例です。対策部署を設置するのであれば、具体的に何をするのかを絞り込み、その実効性を高めるためにきちんとリソースを割く必要があります。

社外取締役などのガバナンス強化も似たようなことが言えますね。制度があっても実効性が伴うかどうかは別です。

樋口:そうですね。オリンパス事件や大王製紙事件のように、ガバナンスの不在が経営陣の暴走、ひいては不祥事に発展します。私の見たところでも、社外役員は置かれているけれど、その人選や資質に問題があるケースが多いようです。

 経営者のお友達や経営実務に疎い有識者が社外役員に任命されても、「お目付け役」として機能するわけがありません。それが機能しているかどうかは別だということを、きちんと見極めなければなりません。

 繰り返しになりますが、不祥事を引き起こした原因メカニズムについて十分な分析をせず、一方的な思い込みで不祥事を起こした企業を糾弾するだけでは不正はなくなりません。三菱自動車の不祥事を契機に、本当に機能する再発防止策を作り、実効性を高めていくことを考えるようになってほしいですね。


樋口 晴彦(ひぐち・はるひこ)氏
警察大学校警察政策研究センター教授。1961年、広島県生まれ。東京大学経済学部卒業後、上級職として警察庁に勤務。現在、警察大学校教授として、危機管理・リスク管理分野を担当。企業不祥事研究の第一人者。米国ダートマス大学MBA、博士(政策研究)。近著に『なぜ、企業は不祥事を繰り返すのか』(日刊工業新聞社)、『悪魔は細部に宿る ―危機管理の落とし穴』(祥伝社)など。

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