おどろくべき該博な知識の所有者で、ギリシア語、ラテン語、サンスクリット語、アラピア語、中国語、ドイツ語、英語、イタリア語、ポルトガル語、スペイン語をべらべら喋り、ヨーロッパの宮廷の歴史に関しては、知らないことはないという博識ぶりだった。会話も巧みで、人を惹きつける魅力に富み、貴婦人たちにも人気があった。化学や錬金術の知識では、当代に並ぶ者がなく、黄金や不老長寿の薬も自分で作っていたから、使い切れないほどの大金持だった。
それにまた、サン・ジェルマン伯爵は、あらゆる芸術の方面にも造詣が深かった。クラヴサンとピアノは、当時の大音楽家ラモーが舌をまくほどの腕前だったし、絵の才能も一流だった。画家のラトゥールとヴァン・ローが、彼の絵具の独特な光りの秘密を教えてほしいと、辞を低くして頼んだが、ついに彼は教えてやらなかったそうである。ベラスケスの収集家としても知られていた。
あの名高い色事師のカザノヴァが、サン・ジェルマン伯爵の知遇を得ようと、彼を晩餐に招待したことがあった。しかし伯爵は「せっかくですが、自分は食事ということを一切やりません。ただ丸薬とカラスムギを食べるだけです」といって、カザノヴァの招待を断わった。たしかに、彼が食事をしているのを見た者は一人もいないのだった。
伯爵はまた、ダイヤモンドの瑕《きず》を消す方法を知っていたともいわれる。ルイ十五世がもっていたダイヤモンドの小さな瑕を消してやって、大いに喜ばれたという話も伝わっている。むろん、彼以外には、こんなふしぎな技術を行使した人の話は、あとにも先にも聞いたことがないのである。