フランス王ルイ十五世は、お気に入りのサン・ジェルマン伯爵に、シャンボールの城に住むことを許し、のちには、王の私室に自由に出入りする特権をもあたえた。これは破格の待遇であり、得体の知れぬ外国人の伯爵は、まるで大貴族のように、フランスで悠々たる生活を送っていた。
こんなことから、伯爵は何か外交上の秘密の使命をおびて、中央ヨーロッパからフランス宮廷に送りこまれた密使ではなかろうか、という噂が生まれた。たしかに、彼が当時の秘密結社、薔薇十字団に属していたということは、紛れもない事実のようである。薔薇十字団といえは、宗教的理想のもとに、全ヨーロッパを一つに統合する、一種の世界連邦達成の目的をもって、ひそかに各国の宮廷に密使を送っていた、当時の革新的な秘密団体である。プロシアのフリードリヒ大王も、この団体に好意的であり、サン・ジェルマン伯爵に莫大な助成金を出して、フランスにおける彼の活動を支援していたのではないか、といわれている。