伯爵に「死ねない男」という渾名をつけたのは、プロシアフリードリヒ大王だった。なにしろ二千年前から生きているので、彼は聖書に出てくるシバの女王とも親しく談笑したことがあり、キリストが水を酒に変える奇蹟を行った、カナの結婚の場面にも立ち会ったし、あのネブカドネザル王の築いた壮麗なバビロンの都にも、しばしば旅行したということだった。こんな突拍子もない話をしては、ヴェルサイユ宮廷の貴族や貴婦人たちを彼は煙にまいていたのである。
 あるとき、伯爵が集会の席で、ローマシーザーの時代の話を、まるで見てきたように得々として語っているので、物好きな男が、伯爵の召使に、「お前の主人の言っていることは本当かね」と訊いてみたことがあった。すると召使は、「お許しくださいませ、みなさん。私めは伯爵さまにお仕えするようになりましてから、まだ三百年にしかならないのでございます」と答えた。一主人も主人なら、召使も召使である。
 似たようなエピソードで、こんな話も残っている。一ある疑い深い男が、伯爵の執事に、「お前の主人は嘘つきだね」と言ったのである。すると執事は、平然たる顔つきで、「その点につきましては、私の方がよく存じております。伯爵さまは誰にでも、自分は四千年も生きている、と仰言います。ところで私は、伯爵さまにお仕えするようになってから、まだほんの百年にしかなりません。そして私がこの家にまいりましたとき、たしか伯爵さまは、自分は三千年生きている、と仰言ったはずなのです。ですから、伯爵さまは勘違いして九百年余計に数えていらっしやるのか、それとも嘘をついていらっしやるのか、さあ、その辺のところは私にも分りかねますな」と答えたというのだ。


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Last-modified: 2008-03-25 (火) 00:05:55