ウィーンの宿屋で、夫人がほしいままな残虐行為にふけっていたという噂も、どうやら事実であったらしい。裁判記録によると、夫人の下男は次のように証言している。すなわち、「夫人の部屋にはいつも四五人の娘が裸になっていたが、娘たちは体中に血がこびりついているので、まるで炭のように真黒に見えた」と。 エルゼベエトの拷問の方法は、爪のあいだにピンを刺しこんだり、真赤な火掻き棒で身体の各所を焼いたり、針で口を縫ったり、乳房に針を突き立てたり、また裸のまま樹に縛りつけて、身体中に蟻をたからせたりするといった、ごく初歩的なものから始まって、ついには目を蔽いたくなるような酸鼻をきわめたものまで、じつに複雑多岐にわたっていた。相手の口に両手の指を突っこんで、左右から力いっぱい引っぱって、口を裂いてしまうという方法もあった。咽喉の奥まで焼けた火掻き棒を突っんこだこともあった。あるとき、女中の靴のはかせ方がわるいといって、彼女は真赤に焼けた火熨斗[#ヒノシ:アイロンの意]を持ってこさせ、これを女中の足の裏に当てながら、「おや、あんたはきれいな赤い靴をはいているのねえ!」といったという。 ウィーンの宿屋では、部屋中おびただしい血の海だったので、歩くこともならず、ベッドまで寝にゆくのに、床に灰をまく必要があったという。 ある蹄鉄工に命じて、巨大な鉄の鳥籠のようなものを作らせたこともあった。内部に向って、籠には鋭い鉄の棘が生えている。滑車の装置で、この鳥籠を天井に高々と吊りあげる。籠のなかには、むろん、若い娘が閉じこめられているのだ。残忍なドルコが焼けた火掻き棒で、籠のなかの娘を突つく。娘がうしろに身を引けば、鉄の棘に背中を刺される。下で見ている伯爵夫人の上に、雨のように血が降りそそぐ。 同じようなアイディアによって、彼女はさらに、中世の残忍な刑具として名高い「鉄の処女」をも作らせた。当時、熱心な時計の蒐集家であったブルンスウィック公が、ドルナ・クルバの城に滞在したとき、さる優秀なドイツの時計師を招いて、ここに複雑な装置のある精巧な時計を設置させたので、付近の貴族たちが争って、これを見物に出かけたことがあった。エルゼベエトも時計を見に行ったらしい。そして、ひそかにこの卓《すぐ》れた時計師に注文して、「鉄の処女」の製作を依頼したのである。 この鋼鉄製の人形は、完成すると、チェイテの城の地下室に安置された。使わないときは、彫刻のある樫の箱に入れて、厳重に鍵をかけておいた。使用の際は、箱から出して、重い台座の上に立たされるのである。人形は裸体で肉色に塗られていて、化粧をほどこされ、細々した肉体の器官が、まるで本当の人間のように生ま生ましく具わっている。機械仕掛で口がひらくと、曖昧な、残忍な微笑を泛かべる。歯もちゃんと具わっているし、眼も動く。本物の女の髪の毛が、床にまで垂れるほど、ふさふさと生え揃っている。胸には宝石の首飾りが嵌めこまれている。 この宝石の球を指で押すと、機械がのろのろ動き出すのである。歯車の音が陰惨にひびく。人形は両腕をゆるゆると高く上げる。やがて一定の高さまで腕を上げると、次に人形は、両腕で自分の胸をかかえ込むような仕草をする。そのとき、人形の手のとどく範囲にいた者は、否応なく人形に抱きしめられる恰好になる。と同時に、人形の胸が観音びらきのように二つに割れる。人形の内部は空洞である。左右に開いた扉には、鋭利な五本の刃が生えている。したがって、人形に抱きしめられた人間は、人形の体内に閉じこめられ、五本の刃に突き刺され、圧搾器にかけられたように血をしぼり取られて、苦悶の末に絶命しなければならない。 別の宝石を押すと、人形の腕はふたたび元の位置に下がり、その顔の微笑は跡形もなく消える。やがて人形は睡気をもよおしたように、眼をとじる。突き刺されて死んだ娘の生まあたたかい血は、人形の体内から溝を通って、下方の浴槽のなかに導かれる。この浴槽に、伯爵夫人が浸ることは申すまでもない。 しかし、こんな大時代的な刑具の使用に、彼女はすぐに飽きてしまった。自分で手を下す余地がなければ、彼女にとっては面白くないのだ。それに、複雑な歯車が血糊で錆びついて、たちまち動かなくなった。―やがて彼女が逮捕されてから、ひとびとが城内をしらべてみると、赤く錆びついて使用不能になった「鉄の処女」が、暗い地下室に不気味にころがっていたという。 この「鉄の処女」の登場は、伯爵夫人が女性だけしか殺さなかったという事実とも結びついて、何か彼女の正確に象徴的な意味合いをあたえずには措かない。もしかしたら、彼女はレズビアン(女性同性愛者)だったのかもしれないし、また無意識のうちに、古代東方の大母神に仕える巫女のような役割を演じていたのかもしれない。ふしぎな隔世遺伝ともいうべきであろう。古代の密議宗教の寺院では、チェイテの城の地下室におけるがごとく、じつにおびただしい量の人間の血が流されたのである。 |