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第十二話 伽羅絶境
久生十蘭
[#ここから3字下げ]
魔境に土を求めて
[#ここで字下げ終わり]
安南《あんなん》のカムラン湾の南に、パンランという町が...
石獅谷《ヤト・シムハ》のこの一廓《いっかく》は特に大難...
こいつは、日本人嫌《ぎら》いでは名うての奴《やつ》、一...
「こりや、いかん。ラン・ビァンにすぐというのに、困ったこ...
爪を噛《か》み噛み、しだいにサンチレールも居たたまらぬ...
さて、ここで折竹は捕えられるだろうか。それとも、サンチ...
[#ここから7字下げ]
*
[#ここで字下げ終わり]
音もない夜更けのパンランの空気を、胡弓《こきゅう》や、...
娘は、二十四、五で猫のような顔。そのぷんぷん発散する野...
しかしなぜ、この二人のモイが留置場にはいっているのだろ...
「お前は、おらのことを短気だ短気だちゅうけれど、あん時、...
「だけど、お父っつぁんが殴ったのだけは、余計もんだと思う...
「お父という人は、人も虎《クリュー》も見分けがつかないん...
「ここは、風通しはわるいが、食いものはええだ。部落のもの...
「馬鹿」と、おやじを睨《にら》んだ顔も、泣かんばかりにな...
「そりゃね、ここにいる私たちはいいよ。だけど、部落が立つ...
それなりで、二人の声がしばらく絶えていた。ときどき、看...
ラオ・バートが酋長になっている、バーラプの部落は、パン...
ところが、この楽土に闖入者《ちんにゆうしゃ》があらわれ...
毎年三、四月の乾燥期に伽羅さがしがはじまる。しかしそれ...
そこで、寄り合いの結果きまったことというのは、一つ、「...
「冗談じゃないよ。伽羅樹《グール》がなくなったから、薬草...
そんな具合に、宋《スン》が冷酷に突っぱねてしまうのだ。...
まったく、デイの短謳ながらもすばらしい均斉。モイにはめ...
まったく今、バーラプのモイは浮沈の瀬戸際に立っている。...
「あんとき、『英勝』号の宋《スン》の爺が……伽羅が欲しくば...
「そこはな、ラオスの北の、ビルマ境ちかくにある。そこなら...
仏印のなかでも、北部ラオスときたら、峻嶮《しゅんけん》...
香木伽羅の複郁《ふくいく》たるかおり、数千の伽羅樹が峡...
孔雀《くじゃく》舞うなかをゆらりゆらりと漂い、嗅《か》...
これについて、いまだに名高いシトロエンの探検隊――先年、...
――ここは、巨竹《バンプー》、また巨竹《バンプー》である...
そこは、じつに珍しい石灰岩奇形地《カレンフェルド》であ...
土人に訊くと、この辺は濃霧《ガス》の晴れ間がないという...
その通りである。踏めば、どこまで落ちるか分らない、石灰...
「行きたいねえ、そこへ」とデイが溜らなくなったように言っ...
「うん、なんとかして行かぬことには……」
とラオ・バートも撫然《ぶぜん》と呟くのである。いま、生...
そこへ、通りかかった留置人の一人から、なにやら、父娘《...
[#ここから3字下げ]
巨人対侫物
[#ここで字下げ終わり]
「オーイ、巡査、氷水《アイス・ウオーター》はないかな」
父娘《おやこ》がいるとなりの房で、一人の酔漢が大声を立...
「お父っつぁん、百フランの紙幣が四、五十枚もあるんだよ。...
「恵んでくれたものなら、返すがええだ。まだ俺《おれ》たち...
「また、そんな痩せ我慢。でも、なんの理由《わけ》もなしに...
もしデイがフランス語を読めたとしたら、次の一文がはっき...
[#ここから一字さげ]
僕は、君らの同情者である。この金は天与のものとして、再...
[#一字下げここまで]
折竹だった。いま彼自身は知らぬが、密偵サンチレールに追わ...
その日の午《ひる》、彼はパンランに出て安南王弟に会い、...
その数日後、石獅谷《ヤト・シムハ》の氾濫がおさまった翌...
「では、男子死所を得るか」
「ゆく!」と折竹が沈痛な声でこたえた。
「いま、日本軍がいる広西省から、仏印の、東京《トンキン》...
「ふむ」とその二人は無言のまま領いた。身分はいわれないが...
で、いま折竹がいった秘密測量――これほど栄《は》えない仕...
「とにかく、問題は香靉谷《ヤト・ジャン》にある。でいま、...
「うん、カンボジアの米が内地米といわれたり、マニラの麻で...
「それだ、いつぞや話したモイがくるのを、じつは待っている...
「だが、いつ来るね」
「いつかは分らんが、かならず来るだろう。俺はそう信じて、...
で、いま君が言ったサンチレールの問題だが……」
「ふむ、気を付けるがいい。あいつも、機略縦横のなかなかの...
「気を付けよう」と、折竹はそれだけしか言わなかった。どこ...
魔法医者《ウイツチ・ドクター》がくる太鼓の音が響いてい...
「おや、頭の娘っ子が、また口説きに来ただな」
と、藁筵《わらむしろ》のうえから起きあがった若者が、目脂...
「うん、ピンギイは男だもんな」
「やれ、また香靉谷《ヤト・ジャン》へゆけちゅうて、腰をぶ...
デイはいま、部落の大移住のことを、真剣に考えている。農...
「私は、ピンギイこそ、モイ中のモイと思っているよ。他のは...
「おんや、白ばっくれて、なに言いくさるだ⁈」
「怖えか、汝は?」
「なんて、目をするだ。おらばかり、怒りくさるだが、一帯で...
事実はピンギイの言うとおりであった。ジャングル種族がジ...
「そうけえ」と、デイは切なそうな息をした。
「では、ピンギイは私のお婿にはなれないね。私のすべてがお...
「駄目、駄目」とピンギイは相手にもしない。
「そんな色目を使っても、わしは行かねえだから……。オッ死ん...
やはり、駄目――と、デイは失望して此処をでた。きのうの大...
「デイや、いま山廻りの役人衆がお見えになったで、わしィ、...
帰ると、父親のラオ・バートが待ちかねたように言った。
「なんて、言ってただ」
「それがな、あんじょう妙なことでな。どうも、わしには合点...
――俺は、日本人だで気前がええだから、乞食にくれるつもり...
と、役人衆はこう言いなさるんだ。それで、お二人ともゲラ...
「そうらしい、私たちに字が読めないと思って……。だけど、そ...
「なにをだ?」
「香靉谷《ヤト・ジャン》へ、あたしが行くよ」
「滅相もねえ。女だてらに、なにを言いくさる。さては、お父...
が、とうとうデイはラオ・バートを説き伏せてしまったので...
すると、それから二週間ほど経った夜、いま着いたばかりの...
「じっはね、いま折竹のところに、妙な娘がいるんです。察す...
「左様、紙幣《さつ》に書いたなかに、そうあったですから。...
「では、山娘の足に負けたわけですね。勝てばよかったが、負...
「なんでです⁈」と、営林官が二人とも驚いたが、
「つまりですよ、奴らはカンボジアを通っで、タイへ入るでし...
そう言いながら、サンチレールはうつらうつらと目を閉じて...
その、泰ラ国境のチェンカンの町は、一歩出外れたら嶽盗《...
いま、チェンカンの町を望みながら騾上《らじょう》の人と...
「ホウ、お前さま方は、クナプサクをご存知かね。あれは、ハ...
その、クナプサクという嶽賊の首領が、いま基督教的半植民...
快隼《かいしゆん》、賊というよりも変革者であろう。しか...
折竹とデイは、チュンカンの町外れに立って、国境をのぞん...
いよいよ、これまでの平穏な旅がおわり、じつに一歩一歩が...
[#ここから1字下げ]
この者は、ラオス領内の某地点に秘密測量を計画し、いまや...
パクライ警察分遣所《ポスト・ド・シュルヴェヤンス》...
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから3字下げ]
国境突破の夜
[#ここで字下げ終わり]
「見ろよ。いまに引っかかって、吠《ほ》え面をかくからな。...
しかし、サンチレールも一流の謀士だ。まい日、タイ領へゆ...
「馬鹿め、灯火に飛びこむ蛾《が》の運命とも知らず……」
と、さすがフランス人だけに台辞《せりふ》もどきでサンチレ...
それは、傾斜を覆うている銀色の松楊のあいだに、ちらほら...
金色の縁取りのある上衣のうえに、真紅の目ざめるばかりな...
すると、髭《ひげ》だ髭だという声がざわめきとなって、隊...
「待て、発砲はならん」
と、いきりたつ部下をサンチレールは押しとどめ、
「みれば、わずか二十名足らずだ。その賊に、五十の警吏が狼...
そうして、一人隊をはなれ前方へあるいてゆく。すると、ク...
髭で、老けてみえるがまだまだ壮齢だ。剽悍《ひょうかん》...
「安南に名だかいサンチレールどのであると察するが」
と、それがクナプサクの第一声。
「わたくしは、はじめて見参申すクナプサクです。悪者の常で...
しかし、サンチレールは小首を傾げて考えた。この嶽盗がな...
「では、なんだ?君は、本隊に捕まりたくて、やって来たのか...
「ハッハッハッハ」とクナプサクがいきなり哄笑《たかわら》...
「貴方がたのような、百なしどもを追い剥いで、なにになりま...
といって、鞍のしたを指さすと鞍覆いのかげに、結いつけら...
「これは、私がしたことの内容の一端を、ちょっぴりお洩らし...
落胆《がっかり》した。せっかく、じぶんの手でと思ったの...
やがて,二人のあいだに商談がはじまった。が、それは最初...
その夜、サンチレールは得々顔で、約束の時間にその小屋に...
「オヤッ、一人かね。どうした玉は?」
「いま来ます。マア,酒でものんで、ゆっくり待ちましょう」
やがて、人馬の響きが,この小屋に近付いてきた。馬を鎮め...
「ううむ、タイ兵がなんのための出現だ?」
と、しばらくは呆れたように、唸っている。折竹とデイがい...
と、サンチレールは瞬間に腹をきめ、タイ兵にむかって、穏...
「君らは、暗いので道に迷ったのだろう。ここは、ラオス領で...
そのあいだも、全身を耳にして戸外の響きに気をくばり、タ...
「お訊き申すがね。いまご貴殿は国境侵犯といわれたが、それ...
「ふむ、絡《から》んできたな」
と、サンチレールの顔にちょっと怒気がのぞいたが、思えば...
「ご貴殿の顔には、なんのタイ国ごときがという軽蔑《けいべ...
「ちがうではないか。国境侵犯は君らのほうだ」
「マア、お聴きなさい。それは、この小屋がラオス領にあると...
瞬間、やられた――と、サンチレールは苦汁三斗を嚥《の》む思...
「そんなに、俺の顔を悦んだって、おれの所為《せい》じゃな...
翌暁、悍盗クナプサクの助力で国境線を越えることができた...
「お礼ですって⁈なにもあなたにお礼を言われることはあ...
と、にぎった折竹の手をやんわりと振りはどき、クナプサク...
「ご苦労だったよ。君も、馬の腹の下にいるときは、辛《つら...
「ええ、でも、お父《とう》や部落のもんを思えば、何でもな...
「しっかりして!」と折竹がデイを励まして、ほそい山径伝い...
「君は、伽羅の新土を、その手に握る。バーラプのモイは、そ...
「ええ、あたし、からだは疲れませんが、気疲れがしたんです...
やがて、ジャングル、峻瞼入りまじる世界的悪気候地の、北...
で、折竹は乾期をえらび、やや低温の正月跨《また》ぎのあ...
[#ここから3字下げ]
奏でる雷鳴
[#ここで字下げ終わり]
もし皆さんが、タイのバンコックからハノイへゆこうとして...
「僕は、この会社に七年もいますが、ヴィアンチャン、ヴィン...
それを知る、あるいは知らぬでは、たいへんな相異になる。...
ところで、その北ラオスを覆う大雲層のしたは……。
頭上の雲のため日射の熱が放散せず、蒸気は湯気のごとくジ...
「先生、この防蚊ヴェールを除るのは、何時でしょう」
と、口にはださないが、山娘のデイも、時々目をうるませて...
蛮地そだちのデイが喘《あえ》ぎだしたように、顔には紗布...
下痢、瘴癘《しょうれい》の気といわれる熱帯性疲労。経緯...
そうして、ただ気力のみで押しとおす密林行、二月後、よく...
と、その辺りから、雨靄はいよいよ濃く、ますます立ち罩め...
真竹、孟宗などが異常生育をし、さながらギリシアの廃墟に...
一晩のうちに這《は》いだした根で、眠った豹《ひょう》が...
普通気象学でいう濃霧というやつは、はぼ見透し距離五十ヤ...
「あっ、あれ、何でしょう⁈まっ自な蛇が固まったみたい...
わずかな風が雨靄《もや》の崩壊《ほうかい》をおこしたそ...
ジョルジュ・マリー・ハールト氏が言ったことは、さすが嘘...
「駄目だ。踏めばただ、崩れるばかりだろう。せっかく、ここ...
左右の山峡は、ますます樹間がせばまり踏み入る余地もない...
それからも、ただ時は過ぎるが、懊悩《おうのう》と焦慮の...
とそこへ、デイの力のない声で、
「先生、もうあたしたち、駄目だと思います」
「ふむ、どうも俺にも成算がないからな」
と、今はもう正直に言うほかはない。
「しかしデイや、ここで僕らが死んでも犬死ではないというこ...
といって、なにやら目のまえの土に指で書くのをみれば、「...
「それはね。先生のお国のような、国柄ならいいでしょう。ま...
お父の顔、じぶんが帰らねば乞食のようになる部落のもの。...
「先生、あたし、恋をしました」と言った。
「誰だね。君が惚れたのなら、さぞ立派な男だろう」
「ええ、その人には誰でも惚れますわ。上は女王から下はあた...
そう言うと、デイは焚火《たきび》のむこうへ隠れるように...
なんとかして、任務を全うするためには生きなければならぬ...
すると、その過度の思考が禍いであったか、ここに折竹は幻...
その夜、暁がた近くに大雷雨がきた。
拳はどの雹《ひょう》、濃霧《ガス》層をつらぬくまっ赤な...
と翌朝、おなじことをデイが言いだした。ゆうべ、雷鳴のな...
「奏でる雷。そんなものが、この世にあるもんか。ひょっとす...
と、なかば夢みるごとく、なかば怖ろしく、いまは魔境の妖...
明くる日、彼はデイに決意をうち明けた。
大探検家の資格には、高度の科学性、鋼鉄の意志が必要だ。...
「君の部落にも、乾いた木片を叩くと澄んだ音がでる楽器があ...
邪正品《じゃせいぽん》の註に、迦枳竹《カキちく》虚空に...
「とすると、あの石灰岩奇形地《カレンフェルド》がその根の...
路がひらけた。やはり、迦枳竹《カキちく》の露出根《エキ...
艱苦《かんく》四月ののちに、遂に決勝点《ゴール》へ。二...
「やれやれ、これでデイには伽羅の新土。この健気な娘が、開...
とまさに完成されんとするじぶんの任務のことも、だんだん...
こうして彼は、任務をわすれ、人の世をわすれ……。香靉谷を...
そんなわけで、彼もそれからの事をあまりハッキリ憶えてい...
二人はその仙境で半覚《うつつ》のように暮していた。いや...
「デイ、なんだか俺は、忘れたものがあるような気がするよ」
「サア、なんでしょう。ゆうべも、そんな事を言うもんだから...
このまま行くと、二人はこの魔境の永遠の捕虜にならねばな...
あっ、見えた。とたんに一道の冷光をサッと浴びたような気...
醒めた――。山頂列《ピーク・ストリーマー》に聴く、祖国の...
しかも、天祐《てんゆう》はなおも続いた。翌朝まで、空の...
く百年に一度もないことだ。そのため、彼は撮影を完了し、使...
終了行:
第十二話 伽羅絶境
久生十蘭
[#ここから3字下げ]
魔境に土を求めて
[#ここで字下げ終わり]
安南《あんなん》のカムラン湾の南に、パンランという町が...
石獅谷《ヤト・シムハ》のこの一廓《いっかく》は特に大難...
こいつは、日本人嫌《ぎら》いでは名うての奴《やつ》、一...
「こりや、いかん。ラン・ビァンにすぐというのに、困ったこ...
爪を噛《か》み噛み、しだいにサンチレールも居たたまらぬ...
さて、ここで折竹は捕えられるだろうか。それとも、サンチ...
[#ここから7字下げ]
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[#ここで字下げ終わり]
音もない夜更けのパンランの空気を、胡弓《こきゅう》や、...
娘は、二十四、五で猫のような顔。そのぷんぷん発散する野...
しかしなぜ、この二人のモイが留置場にはいっているのだろ...
「お前は、おらのことを短気だ短気だちゅうけれど、あん時、...
「だけど、お父っつぁんが殴ったのだけは、余計もんだと思う...
「お父という人は、人も虎《クリュー》も見分けがつかないん...
「ここは、風通しはわるいが、食いものはええだ。部落のもの...
「馬鹿」と、おやじを睨《にら》んだ顔も、泣かんばかりにな...
「そりゃね、ここにいる私たちはいいよ。だけど、部落が立つ...
それなりで、二人の声がしばらく絶えていた。ときどき、看...
ラオ・バートが酋長になっている、バーラプの部落は、パン...
ところが、この楽土に闖入者《ちんにゆうしゃ》があらわれ...
毎年三、四月の乾燥期に伽羅さがしがはじまる。しかしそれ...
そこで、寄り合いの結果きまったことというのは、一つ、「...
「冗談じゃないよ。伽羅樹《グール》がなくなったから、薬草...
そんな具合に、宋《スン》が冷酷に突っぱねてしまうのだ。...
まったく、デイの短謳ながらもすばらしい均斉。モイにはめ...
まったく今、バーラプのモイは浮沈の瀬戸際に立っている。...
「あんとき、『英勝』号の宋《スン》の爺が……伽羅が欲しくば...
「そこはな、ラオスの北の、ビルマ境ちかくにある。そこなら...
仏印のなかでも、北部ラオスときたら、峻嶮《しゅんけん》...
香木伽羅の複郁《ふくいく》たるかおり、数千の伽羅樹が峡...
孔雀《くじゃく》舞うなかをゆらりゆらりと漂い、嗅《か》...
これについて、いまだに名高いシトロエンの探検隊――先年、...
――ここは、巨竹《バンプー》、また巨竹《バンプー》である...
そこは、じつに珍しい石灰岩奇形地《カレンフェルド》であ...
土人に訊くと、この辺は濃霧《ガス》の晴れ間がないという...
その通りである。踏めば、どこまで落ちるか分らない、石灰...
「行きたいねえ、そこへ」とデイが溜らなくなったように言っ...
「うん、なんとかして行かぬことには……」
とラオ・バートも撫然《ぶぜん》と呟くのである。いま、生...
そこへ、通りかかった留置人の一人から、なにやら、父娘《...
[#ここから3字下げ]
巨人対侫物
[#ここで字下げ終わり]
「オーイ、巡査、氷水《アイス・ウオーター》はないかな」
父娘《おやこ》がいるとなりの房で、一人の酔漢が大声を立...
「お父っつぁん、百フランの紙幣が四、五十枚もあるんだよ。...
「恵んでくれたものなら、返すがええだ。まだ俺《おれ》たち...
「また、そんな痩せ我慢。でも、なんの理由《わけ》もなしに...
もしデイがフランス語を読めたとしたら、次の一文がはっき...
[#ここから一字さげ]
僕は、君らの同情者である。この金は天与のものとして、再...
[#一字下げここまで]
折竹だった。いま彼自身は知らぬが、密偵サンチレールに追わ...
その日の午《ひる》、彼はパンランに出て安南王弟に会い、...
その数日後、石獅谷《ヤト・シムハ》の氾濫がおさまった翌...
「では、男子死所を得るか」
「ゆく!」と折竹が沈痛な声でこたえた。
「いま、日本軍がいる広西省から、仏印の、東京《トンキン》...
「ふむ」とその二人は無言のまま領いた。身分はいわれないが...
で、いま折竹がいった秘密測量――これほど栄《は》えない仕...
「とにかく、問題は香靉谷《ヤト・ジャン》にある。でいま、...
「うん、カンボジアの米が内地米といわれたり、マニラの麻で...
「それだ、いつぞや話したモイがくるのを、じつは待っている...
「だが、いつ来るね」
「いつかは分らんが、かならず来るだろう。俺はそう信じて、...
で、いま君が言ったサンチレールの問題だが……」
「ふむ、気を付けるがいい。あいつも、機略縦横のなかなかの...
「気を付けよう」と、折竹はそれだけしか言わなかった。どこ...
魔法医者《ウイツチ・ドクター》がくる太鼓の音が響いてい...
「おや、頭の娘っ子が、また口説きに来ただな」
と、藁筵《わらむしろ》のうえから起きあがった若者が、目脂...
「うん、ピンギイは男だもんな」
「やれ、また香靉谷《ヤト・ジャン》へゆけちゅうて、腰をぶ...
デイはいま、部落の大移住のことを、真剣に考えている。農...
「私は、ピンギイこそ、モイ中のモイと思っているよ。他のは...
「おんや、白ばっくれて、なに言いくさるだ⁈」
「怖えか、汝は?」
「なんて、目をするだ。おらばかり、怒りくさるだが、一帯で...
事実はピンギイの言うとおりであった。ジャングル種族がジ...
「そうけえ」と、デイは切なそうな息をした。
「では、ピンギイは私のお婿にはなれないね。私のすべてがお...
「駄目、駄目」とピンギイは相手にもしない。
「そんな色目を使っても、わしは行かねえだから……。オッ死ん...
やはり、駄目――と、デイは失望して此処をでた。きのうの大...
「デイや、いま山廻りの役人衆がお見えになったで、わしィ、...
帰ると、父親のラオ・バートが待ちかねたように言った。
「なんて、言ってただ」
「それがな、あんじょう妙なことでな。どうも、わしには合点...
――俺は、日本人だで気前がええだから、乞食にくれるつもり...
と、役人衆はこう言いなさるんだ。それで、お二人ともゲラ...
「そうらしい、私たちに字が読めないと思って……。だけど、そ...
「なにをだ?」
「香靉谷《ヤト・ジャン》へ、あたしが行くよ」
「滅相もねえ。女だてらに、なにを言いくさる。さては、お父...
が、とうとうデイはラオ・バートを説き伏せてしまったので...
すると、それから二週間ほど経った夜、いま着いたばかりの...
「じっはね、いま折竹のところに、妙な娘がいるんです。察す...
「左様、紙幣《さつ》に書いたなかに、そうあったですから。...
「では、山娘の足に負けたわけですね。勝てばよかったが、負...
「なんでです⁈」と、営林官が二人とも驚いたが、
「つまりですよ、奴らはカンボジアを通っで、タイへ入るでし...
そう言いながら、サンチレールはうつらうつらと目を閉じて...
その、泰ラ国境のチェンカンの町は、一歩出外れたら嶽盗《...
いま、チェンカンの町を望みながら騾上《らじょう》の人と...
「ホウ、お前さま方は、クナプサクをご存知かね。あれは、ハ...
その、クナプサクという嶽賊の首領が、いま基督教的半植民...
快隼《かいしゆん》、賊というよりも変革者であろう。しか...
折竹とデイは、チュンカンの町外れに立って、国境をのぞん...
いよいよ、これまでの平穏な旅がおわり、じつに一歩一歩が...
[#ここから1字下げ]
この者は、ラオス領内の某地点に秘密測量を計画し、いまや...
パクライ警察分遣所《ポスト・ド・シュルヴェヤンス》...
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから3字下げ]
国境突破の夜
[#ここで字下げ終わり]
「見ろよ。いまに引っかかって、吠《ほ》え面をかくからな。...
しかし、サンチレールも一流の謀士だ。まい日、タイ領へゆ...
「馬鹿め、灯火に飛びこむ蛾《が》の運命とも知らず……」
と、さすがフランス人だけに台辞《せりふ》もどきでサンチレ...
それは、傾斜を覆うている銀色の松楊のあいだに、ちらほら...
金色の縁取りのある上衣のうえに、真紅の目ざめるばかりな...
すると、髭《ひげ》だ髭だという声がざわめきとなって、隊...
「待て、発砲はならん」
と、いきりたつ部下をサンチレールは押しとどめ、
「みれば、わずか二十名足らずだ。その賊に、五十の警吏が狼...
そうして、一人隊をはなれ前方へあるいてゆく。すると、ク...
髭で、老けてみえるがまだまだ壮齢だ。剽悍《ひょうかん》...
「安南に名だかいサンチレールどのであると察するが」
と、それがクナプサクの第一声。
「わたくしは、はじめて見参申すクナプサクです。悪者の常で...
しかし、サンチレールは小首を傾げて考えた。この嶽盗がな...
「では、なんだ?君は、本隊に捕まりたくて、やって来たのか...
「ハッハッハッハ」とクナプサクがいきなり哄笑《たかわら》...
「貴方がたのような、百なしどもを追い剥いで、なにになりま...
といって、鞍のしたを指さすと鞍覆いのかげに、結いつけら...
「これは、私がしたことの内容の一端を、ちょっぴりお洩らし...
落胆《がっかり》した。せっかく、じぶんの手でと思ったの...
やがて,二人のあいだに商談がはじまった。が、それは最初...
その夜、サンチレールは得々顔で、約束の時間にその小屋に...
「オヤッ、一人かね。どうした玉は?」
「いま来ます。マア,酒でものんで、ゆっくり待ちましょう」
やがて、人馬の響きが,この小屋に近付いてきた。馬を鎮め...
「ううむ、タイ兵がなんのための出現だ?」
と、しばらくは呆れたように、唸っている。折竹とデイがい...
と、サンチレールは瞬間に腹をきめ、タイ兵にむかって、穏...
「君らは、暗いので道に迷ったのだろう。ここは、ラオス領で...
そのあいだも、全身を耳にして戸外の響きに気をくばり、タ...
「お訊き申すがね。いまご貴殿は国境侵犯といわれたが、それ...
「ふむ、絡《から》んできたな」
と、サンチレールの顔にちょっと怒気がのぞいたが、思えば...
「ご貴殿の顔には、なんのタイ国ごときがという軽蔑《けいべ...
「ちがうではないか。国境侵犯は君らのほうだ」
「マア、お聴きなさい。それは、この小屋がラオス領にあると...
瞬間、やられた――と、サンチレールは苦汁三斗を嚥《の》む思...
「そんなに、俺の顔を悦んだって、おれの所為《せい》じゃな...
翌暁、悍盗クナプサクの助力で国境線を越えることができた...
「お礼ですって⁈なにもあなたにお礼を言われることはあ...
と、にぎった折竹の手をやんわりと振りはどき、クナプサク...
「ご苦労だったよ。君も、馬の腹の下にいるときは、辛《つら...
「ええ、でも、お父《とう》や部落のもんを思えば、何でもな...
「しっかりして!」と折竹がデイを励まして、ほそい山径伝い...
「君は、伽羅の新土を、その手に握る。バーラプのモイは、そ...
「ええ、あたし、からだは疲れませんが、気疲れがしたんです...
やがて、ジャングル、峻瞼入りまじる世界的悪気候地の、北...
で、折竹は乾期をえらび、やや低温の正月跨《また》ぎのあ...
[#ここから3字下げ]
奏でる雷鳴
[#ここで字下げ終わり]
もし皆さんが、タイのバンコックからハノイへゆこうとして...
「僕は、この会社に七年もいますが、ヴィアンチャン、ヴィン...
それを知る、あるいは知らぬでは、たいへんな相異になる。...
ところで、その北ラオスを覆う大雲層のしたは……。
頭上の雲のため日射の熱が放散せず、蒸気は湯気のごとくジ...
「先生、この防蚊ヴェールを除るのは、何時でしょう」
と、口にはださないが、山娘のデイも、時々目をうるませて...
蛮地そだちのデイが喘《あえ》ぎだしたように、顔には紗布...
下痢、瘴癘《しょうれい》の気といわれる熱帯性疲労。経緯...
そうして、ただ気力のみで押しとおす密林行、二月後、よく...
と、その辺りから、雨靄はいよいよ濃く、ますます立ち罩め...
真竹、孟宗などが異常生育をし、さながらギリシアの廃墟に...
一晩のうちに這《は》いだした根で、眠った豹《ひょう》が...
普通気象学でいう濃霧というやつは、はぼ見透し距離五十ヤ...
「あっ、あれ、何でしょう⁈まっ自な蛇が固まったみたい...
わずかな風が雨靄《もや》の崩壊《ほうかい》をおこしたそ...
ジョルジュ・マリー・ハールト氏が言ったことは、さすが嘘...
「駄目だ。踏めばただ、崩れるばかりだろう。せっかく、ここ...
左右の山峡は、ますます樹間がせばまり踏み入る余地もない...
それからも、ただ時は過ぎるが、懊悩《おうのう》と焦慮の...
とそこへ、デイの力のない声で、
「先生、もうあたしたち、駄目だと思います」
「ふむ、どうも俺にも成算がないからな」
と、今はもう正直に言うほかはない。
「しかしデイや、ここで僕らが死んでも犬死ではないというこ...
といって、なにやら目のまえの土に指で書くのをみれば、「...
「それはね。先生のお国のような、国柄ならいいでしょう。ま...
お父の顔、じぶんが帰らねば乞食のようになる部落のもの。...
「先生、あたし、恋をしました」と言った。
「誰だね。君が惚れたのなら、さぞ立派な男だろう」
「ええ、その人には誰でも惚れますわ。上は女王から下はあた...
そう言うと、デイは焚火《たきび》のむこうへ隠れるように...
なんとかして、任務を全うするためには生きなければならぬ...
すると、その過度の思考が禍いであったか、ここに折竹は幻...
その夜、暁がた近くに大雷雨がきた。
拳はどの雹《ひょう》、濃霧《ガス》層をつらぬくまっ赤な...
と翌朝、おなじことをデイが言いだした。ゆうべ、雷鳴のな...
「奏でる雷。そんなものが、この世にあるもんか。ひょっとす...
と、なかば夢みるごとく、なかば怖ろしく、いまは魔境の妖...
明くる日、彼はデイに決意をうち明けた。
大探検家の資格には、高度の科学性、鋼鉄の意志が必要だ。...
「君の部落にも、乾いた木片を叩くと澄んだ音がでる楽器があ...
邪正品《じゃせいぽん》の註に、迦枳竹《カキちく》虚空に...
「とすると、あの石灰岩奇形地《カレンフェルド》がその根の...
路がひらけた。やはり、迦枳竹《カキちく》の露出根《エキ...
艱苦《かんく》四月ののちに、遂に決勝点《ゴール》へ。二...
「やれやれ、これでデイには伽羅の新土。この健気な娘が、開...
とまさに完成されんとするじぶんの任務のことも、だんだん...
こうして彼は、任務をわすれ、人の世をわすれ……。香靉谷を...
そんなわけで、彼もそれからの事をあまりハッキリ憶えてい...
二人はその仙境で半覚《うつつ》のように暮していた。いや...
「デイ、なんだか俺は、忘れたものがあるような気がするよ」
「サア、なんでしょう。ゆうべも、そんな事を言うもんだから...
このまま行くと、二人はこの魔境の永遠の捕虜にならねばな...
あっ、見えた。とたんに一道の冷光をサッと浴びたような気...
醒めた――。山頂列《ピーク・ストリーマー》に聴く、祖国の...
しかも、天祐《てんゆう》はなおも続いた。翌朝まで、空の...
く百年に一度もないことだ。そのため、彼は撮影を完了し、使...
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