久生十蘭 南部の鼻曲り
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昆虫図
南部の鼻曲り
久生十蘭
これからする話を小説に書いてくれないかね、と玉本寿太郎...
玉本は開戦初期の比島戦でトムプソン銃にやられて左脚を四...
「まあ、やめておく」と私がいうと彼は、「みょうなやつだな...
といいながら、私の顔にウィスキーくさい息をふっかけた。...
「ひとりで本物のウィスキーを飲んで、ひとに匂いだけ嗅がせ...
玉本は、やあと頭を掻いた。
「ああ、そうか。前渡《アドバンス》でもおれのほうはかまわ...
義足をひきずりながら奥から一逸を持ちだしてきて、それを...
以下、玉本の話をするままに書く。
一
第二世の日系米人には、袖に縋《すが》っても日本のほうへ...
おれがはじめてモオリーに逢ったのは、アラスカのクエンス...
優男《やさおとこ》というと当らない、男おんなもチトへん...
ところがそれがえらいみかけ倒しなんで、じつは途方もない...
そうはいかない。クエンスローというのはどんなところだと...
四月のはじめといえばまだいたるところに流氷が漂っている...
こういえばザッとしたもんだが、けっして生やさしいものだ...
それはまあいいとしても、クエンスローにはアラスカ蚊と寂...
いや、そうでもない。沙港の華盛頓《ワシントン》大学の学...
なにしろ、そのギャランテー・ボートに乗りこんでいるてあ...
捨てておけないような気持になったので、そばへ行って、
「いよう、ケチカンへ銃蘭《レディスリッパー》でも摘《つ》...
と声をかけると、ワットオの絵はいくらか巻舌の英語で、
「I beg yer puddin', you said something, sir?」
失礼でございますが、なにかおっしゃいましたのでしょうか...
「どうつかまつりまして、あなたさまはケチカンのあたりへご...
するとワットオの絵は、また一段とへりくだって、I am sorr...
「I have never been the honour of visit to the orient.」
失礼ながら支那の皇帝よ、小生はいまだ東洋を訪問するの光...
「いくら国籍法が属地主義でもやはり皮膚の色まで変えられな...
と、ひどいことをいうと、ワットオの絵はたちまちピカソの...
二
なにしろ四月といえばアリューシャンの時化《しけ》時だ。...
霧は濃厚牛乳《バタミルク》[#ルビは「濃厚牛乳」にかか...
大鴉《レベン》といえどもやはり生あるものだから、そう振...
しかし、おれは吐かない。嘔吐など吐くと日本人の体面にか...
ところが、見ているとワットオの絵も嘔吐を吐かない。まる...
「いようだいぶ柳すがた[#ルビは「柳すがた」にかかる]に...
とひやかしてやると、ワットオの絵は波止場の繋船柱に縋り...
「O not much just my size.」
はあ、いえ、ちょうどいい加減に、などと減らず口を叩いた。
そこから会社のタグ・ボートでユーコン河を百浬ほどのぼり...
風景はこの話に関係ないから略すが、キャナリーへ着くと、...
人間というものは、こういう茫漠たる大自然の中へとりこめ...
二人がめったに逢わないのは、向うが逢うまいとしているか...
モオリーの父親はモオリーを愛するあまり、モオリーがいつ...
当事者にとっては、それを麺麭《パン》にしようかマカロニ...
しかし、コカインの中に問題を解決する鍵があるわけではな...
面白いのはこれからだ。それでそのモオリーが、どういう動...
そういうあわれなモオリーが、「親父の幽霊」の眷属《けん...
三
それからしばらくしてから、くだらないことでモオリーと喧...
その前に、ちょっと鮭《サモン》の話をしておこう。ユーコ...
冗談ではない、ほんとうの話だ。それは、以前、刻印をつけ...
むかし南部藩に相馬大作というえらい鼻曲りの士《さむらい...
紅鮭《レッドサモン》は要するに紅鮭《レッドサモン》で非...
これは余談だが、四月の終りごろになるとそろそろ鮭が上り...
おれは魚揚《ビッチフィッシュ》の助に出て、王《キング》...
モオリーがそれほど深刻におれを忌避していようとは知らな...
「Yep', he's look like it.」
やあ、よく似てる、といっておれの顔をみた。それでおれは...
「そうではあるまい。お前なんか、要するに銀鮭《シルバーサ...
とやりつけてやった。モオリーは蒼《あお》くなっておれを...
「Looking at you!」
ご健康を祝すといって、持っていた犬鮭《ドックサモン》を...
「The same to you!」
お返しだよ、といいながら、鮭でモオリーの横っ面を力まか...
六月になると、いよいよ鮭時《サモンタイム》がはじまって...
ここでちょっと鮭罐の工程を説明しておくが、河岸の魚揚場...
血や臓腑の残りをきれいに洗われたやつは、回転庖丁のつい...
ここで仕上げをして閉蓋機械《カバーミシン》の鉄管を通し...
調帯《ベルト》に乗ってくるやつは、けっしてキチンとした...
罐叩きは、そいつを仕上台の鉄板に叩きつけて肉を罐の中へ...
鉄板に罐を叩きつけるといっても、これにはなかなかコツが...
おれはケチカンやジュノオでさんざんやっているので、鮭時...
事務所《オフィス》では日本人のおれが相当にやるから半日...
「おい、モオリー、お前はやはり魚洗《ワッシュ》で鮭の臓腑...
Take it from me 悪いことはいわないぜ、と忠告すると、モ...
「You don't know me yet.」
あなたは私というモノを知らないのである。日本人がやれる...
おれは敗北して、結構、ではやってみるがよかろうといって...
おれはべつに気の毒だとは感じない。心中、これは面白いと...
四
モオリーはどれほど夢中になって鮭罐と取り組んだか、それ...
モオリーは暇があれば屑肉と空罐で熱心に罐叩きの練習をし...
モオリーの執念はなんとかしておれのレコードを破って鼻を...
まいったといっても死んだのではない。たいして丈夫でもな...
無理といえば、モオリーの身体でアラスカなどへやってきた...
モオリーは雑木林のはずれの校倉《あぜくら》づくりの小屋...
仕事を切りあげて夜食をすませると、たいてい夜半すぎにな...
おれが入って行くと、モオリーはいかにも冷淡な口調で、
「 What's the matter?」
どおしたんですか、などと剛強に弱みを見せなかった。その...
親切が仇というのは、おれとモオリーのような場合をいうの...
モオリーはなおりもせず、悪くもならないという状態で八月...
「どうもありがとう」
「これだって、いくらか飾りになるぜ」
「アラスカまで稼ぎにくる人間に、花なんか無意味ですよ」
などといった。
ある日、モオリーはめずらしく顔に血の気を見せて、日本の...
講談はおれのもっとも好むところだから、たちまち連想が働...
「お前の日本名《ジャパニーズネーム》は下戸米秀吉というの...
とたずねると、モオリーは渋ったようで、いつか父がそんな...
おれは面白くなって、
「へえ、そうか。するとお前の鼻曲りは血筋のせいなんだな」
といった。モオリーはそれはなんのことかときくから、南部...
「 He arrived ……but my soul never get anywhere……what am I...
と低い声でつぶやいた。彼は行きついた、しかし、おれの魂...
「 I just ……」
と、なにかいいかけて、そのままふっと口をつぐんでしまっ...
それから三日ほど後の夕方、ジョウというエスキーモーが、...
小屋へ行ってみると、なるほど寝台が空になっている。どこ...
下手に踏みこむと命もとられかねない悪い泥沼なので、これ...
「おい、どうした」
と、声をかけたが返事もなかった。
おれはキャナリーへ人を呼びに帰ろうとしたが、見るとモオ...
これは非常に危険な方法だが、モオリーがおれの手鐙《てあ...
それで、おれはかまわず踏みこんで行くと、三歩と歩かない...
助からないというのはこのことだったが、愚図愚図してはい...
「おれはこうして立っているから、お前はおれの腰骨でも腹で...
というと、モオリーは眼を伏せたまま返事をしない。おれは...
「おい、どうしたんだ」
というと、モオリーは、
「私にはあなたを足蹴《キック》するだけの勇気はありません」
とつまらないことをいいだした。おれは腹を立てて、
「くだらないことをいうな。まごまごしているとおれまで死ん...
と怒鳴りつけた。なにかもぞもぞしたものがおれの脇腹のあ...
五
東京の市中をジープが走りはじめると、おれはまたモオリー...
それはどうしたって思いださぬわけはいないのである。モオ...
おれが猛烈にモオリーのことを思いだしたのは、けっしてこ...
七年前、沙港《シヤトル》の第二番埠頭《オーフ》で別れる...
「私とアメリカの契約《ギャランテー》は、とても罐詰工場《...
といった。あの鼻曲りはアメリカの敵と戦うために真っ先に...
あの小さな樹海《サヴァンナ》のはずれで、たぶん向うの独...
たとえば狭い地隙の曲り角のようなところで、だしぬけにひ...
「ハロオ、ジュタロ」
「ハロオ、モオリー」
「とうとう逢ったな、元気だったかね」
「とうとう逢った。うまくやってるか」
などと挨拶をかわし、それからあらためて銃をあげて狙い合う...
ともかく、それだけは助からないから、そういう場合、おれ...
フィリッピンではとうとうモオリーに出逢わなかった。おれ...
戦争がすみ、アメリカ人が勝者《ウイナア》として日本へ乗...
お前は小説家らしくないことをきく。逢わなかったらこの話...
美術館に向って右側の欅の樹の下で、足を投げだして煙草を...
「 None of your business! 」
大きなお世話だ、と剣突《けんつく》をくわした。むかしと...
「おお、ジュタロ、お前は戦争の間、こんなところに隠れてい...
といっていきなりおれに抱きついてきた。おれがだまって裾...
「ああ、これはまずい。おれならもっとうまくやってやったの...
といかにも残念そうな顔をした。
モオリーは休暇に盛岡の相馬村へ行って、相馬大作の墓を見...
「ダイサクの墓《グレーヴ》に敬意を表しに行っただけなんだ...
と、うれしそうな顔をした。おれはむっとして、
「くだらない、お前はアメリカ人じゃなかったのか」
と毒づいてやると、モオリーは、
「イエス、アメリカ人はアメリカ人だが、お前が知っていると...
というと、おれの顎に猛烈なストレート・レフトを食わせて...
「アメリカが勝ったと思っていい気になるな」
と怒鳴りながら、懸命にはねかえしにかかったが、口惜しい...
「お前は右足がきくんだろう、なぜ足蹴《キック》しないか」
と忠告した。おれはそうだと思って、力まかせにモオリーの...
「ジュタロ、これで借りはないぜ」
といってヘラヘラ笑いだした。
終了行:
昆虫図
南部の鼻曲り
久生十蘭
これからする話を小説に書いてくれないかね、と玉本寿太郎...
玉本は開戦初期の比島戦でトムプソン銃にやられて左脚を四...
「まあ、やめておく」と私がいうと彼は、「みょうなやつだな...
といいながら、私の顔にウィスキーくさい息をふっかけた。...
「ひとりで本物のウィスキーを飲んで、ひとに匂いだけ嗅がせ...
玉本は、やあと頭を掻いた。
「ああ、そうか。前渡《アドバンス》でもおれのほうはかまわ...
義足をひきずりながら奥から一逸を持ちだしてきて、それを...
以下、玉本の話をするままに書く。
一
第二世の日系米人には、袖に縋《すが》っても日本のほうへ...
おれがはじめてモオリーに逢ったのは、アラスカのクエンス...
優男《やさおとこ》というと当らない、男おんなもチトへん...
ところがそれがえらいみかけ倒しなんで、じつは途方もない...
そうはいかない。クエンスローというのはどんなところだと...
四月のはじめといえばまだいたるところに流氷が漂っている...
こういえばザッとしたもんだが、けっして生やさしいものだ...
それはまあいいとしても、クエンスローにはアラスカ蚊と寂...
いや、そうでもない。沙港の華盛頓《ワシントン》大学の学...
なにしろ、そのギャランテー・ボートに乗りこんでいるてあ...
捨てておけないような気持になったので、そばへ行って、
「いよう、ケチカンへ銃蘭《レディスリッパー》でも摘《つ》...
と声をかけると、ワットオの絵はいくらか巻舌の英語で、
「I beg yer puddin', you said something, sir?」
失礼でございますが、なにかおっしゃいましたのでしょうか...
「どうつかまつりまして、あなたさまはケチカンのあたりへご...
するとワットオの絵は、また一段とへりくだって、I am sorr...
「I have never been the honour of visit to the orient.」
失礼ながら支那の皇帝よ、小生はいまだ東洋を訪問するの光...
「いくら国籍法が属地主義でもやはり皮膚の色まで変えられな...
と、ひどいことをいうと、ワットオの絵はたちまちピカソの...
二
なにしろ四月といえばアリューシャンの時化《しけ》時だ。...
霧は濃厚牛乳《バタミルク》[#ルビは「濃厚牛乳」にかか...
大鴉《レベン》といえどもやはり生あるものだから、そう振...
しかし、おれは吐かない。嘔吐など吐くと日本人の体面にか...
ところが、見ているとワットオの絵も嘔吐を吐かない。まる...
「いようだいぶ柳すがた[#ルビは「柳すがた」にかかる]に...
とひやかしてやると、ワットオの絵は波止場の繋船柱に縋り...
「O not much just my size.」
はあ、いえ、ちょうどいい加減に、などと減らず口を叩いた。
そこから会社のタグ・ボートでユーコン河を百浬ほどのぼり...
風景はこの話に関係ないから略すが、キャナリーへ着くと、...
人間というものは、こういう茫漠たる大自然の中へとりこめ...
二人がめったに逢わないのは、向うが逢うまいとしているか...
モオリーの父親はモオリーを愛するあまり、モオリーがいつ...
当事者にとっては、それを麺麭《パン》にしようかマカロニ...
しかし、コカインの中に問題を解決する鍵があるわけではな...
面白いのはこれからだ。それでそのモオリーが、どういう動...
そういうあわれなモオリーが、「親父の幽霊」の眷属《けん...
三
それからしばらくしてから、くだらないことでモオリーと喧...
その前に、ちょっと鮭《サモン》の話をしておこう。ユーコ...
冗談ではない、ほんとうの話だ。それは、以前、刻印をつけ...
むかし南部藩に相馬大作というえらい鼻曲りの士《さむらい...
紅鮭《レッドサモン》は要するに紅鮭《レッドサモン》で非...
これは余談だが、四月の終りごろになるとそろそろ鮭が上り...
おれは魚揚《ビッチフィッシュ》の助に出て、王《キング》...
モオリーがそれほど深刻におれを忌避していようとは知らな...
「Yep', he's look like it.」
やあ、よく似てる、といっておれの顔をみた。それでおれは...
「そうではあるまい。お前なんか、要するに銀鮭《シルバーサ...
とやりつけてやった。モオリーは蒼《あお》くなっておれを...
「Looking at you!」
ご健康を祝すといって、持っていた犬鮭《ドックサモン》を...
「The same to you!」
お返しだよ、といいながら、鮭でモオリーの横っ面を力まか...
六月になると、いよいよ鮭時《サモンタイム》がはじまって...
ここでちょっと鮭罐の工程を説明しておくが、河岸の魚揚場...
血や臓腑の残りをきれいに洗われたやつは、回転庖丁のつい...
ここで仕上げをして閉蓋機械《カバーミシン》の鉄管を通し...
調帯《ベルト》に乗ってくるやつは、けっしてキチンとした...
罐叩きは、そいつを仕上台の鉄板に叩きつけて肉を罐の中へ...
鉄板に罐を叩きつけるといっても、これにはなかなかコツが...
おれはケチカンやジュノオでさんざんやっているので、鮭時...
事務所《オフィス》では日本人のおれが相当にやるから半日...
「おい、モオリー、お前はやはり魚洗《ワッシュ》で鮭の臓腑...
Take it from me 悪いことはいわないぜ、と忠告すると、モ...
「You don't know me yet.」
あなたは私というモノを知らないのである。日本人がやれる...
おれは敗北して、結構、ではやってみるがよかろうといって...
おれはべつに気の毒だとは感じない。心中、これは面白いと...
四
モオリーはどれほど夢中になって鮭罐と取り組んだか、それ...
モオリーは暇があれば屑肉と空罐で熱心に罐叩きの練習をし...
モオリーの執念はなんとかしておれのレコードを破って鼻を...
まいったといっても死んだのではない。たいして丈夫でもな...
無理といえば、モオリーの身体でアラスカなどへやってきた...
モオリーは雑木林のはずれの校倉《あぜくら》づくりの小屋...
仕事を切りあげて夜食をすませると、たいてい夜半すぎにな...
おれが入って行くと、モオリーはいかにも冷淡な口調で、
「 What's the matter?」
どおしたんですか、などと剛強に弱みを見せなかった。その...
親切が仇というのは、おれとモオリーのような場合をいうの...
モオリーはなおりもせず、悪くもならないという状態で八月...
「どうもありがとう」
「これだって、いくらか飾りになるぜ」
「アラスカまで稼ぎにくる人間に、花なんか無意味ですよ」
などといった。
ある日、モオリーはめずらしく顔に血の気を見せて、日本の...
講談はおれのもっとも好むところだから、たちまち連想が働...
「お前の日本名《ジャパニーズネーム》は下戸米秀吉というの...
とたずねると、モオリーは渋ったようで、いつか父がそんな...
おれは面白くなって、
「へえ、そうか。するとお前の鼻曲りは血筋のせいなんだな」
といった。モオリーはそれはなんのことかときくから、南部...
「 He arrived ……but my soul never get anywhere……what am I...
と低い声でつぶやいた。彼は行きついた、しかし、おれの魂...
「 I just ……」
と、なにかいいかけて、そのままふっと口をつぐんでしまっ...
それから三日ほど後の夕方、ジョウというエスキーモーが、...
小屋へ行ってみると、なるほど寝台が空になっている。どこ...
下手に踏みこむと命もとられかねない悪い泥沼なので、これ...
「おい、どうした」
と、声をかけたが返事もなかった。
おれはキャナリーへ人を呼びに帰ろうとしたが、見るとモオ...
これは非常に危険な方法だが、モオリーがおれの手鐙《てあ...
それで、おれはかまわず踏みこんで行くと、三歩と歩かない...
助からないというのはこのことだったが、愚図愚図してはい...
「おれはこうして立っているから、お前はおれの腰骨でも腹で...
というと、モオリーは眼を伏せたまま返事をしない。おれは...
「おい、どうしたんだ」
というと、モオリーは、
「私にはあなたを足蹴《キック》するだけの勇気はありません」
とつまらないことをいいだした。おれは腹を立てて、
「くだらないことをいうな。まごまごしているとおれまで死ん...
と怒鳴りつけた。なにかもぞもぞしたものがおれの脇腹のあ...
五
東京の市中をジープが走りはじめると、おれはまたモオリー...
それはどうしたって思いださぬわけはいないのである。モオ...
おれが猛烈にモオリーのことを思いだしたのは、けっしてこ...
七年前、沙港《シヤトル》の第二番埠頭《オーフ》で別れる...
「私とアメリカの契約《ギャランテー》は、とても罐詰工場《...
といった。あの鼻曲りはアメリカの敵と戦うために真っ先に...
あの小さな樹海《サヴァンナ》のはずれで、たぶん向うの独...
たとえば狭い地隙の曲り角のようなところで、だしぬけにひ...
「ハロオ、ジュタロ」
「ハロオ、モオリー」
「とうとう逢ったな、元気だったかね」
「とうとう逢った。うまくやってるか」
などと挨拶をかわし、それからあらためて銃をあげて狙い合う...
ともかく、それだけは助からないから、そういう場合、おれ...
フィリッピンではとうとうモオリーに出逢わなかった。おれ...
戦争がすみ、アメリカ人が勝者《ウイナア》として日本へ乗...
お前は小説家らしくないことをきく。逢わなかったらこの話...
美術館に向って右側の欅の樹の下で、足を投げだして煙草を...
「 None of your business! 」
大きなお世話だ、と剣突《けんつく》をくわした。むかしと...
「おお、ジュタロ、お前は戦争の間、こんなところに隠れてい...
といっていきなりおれに抱きついてきた。おれがだまって裾...
「ああ、これはまずい。おれならもっとうまくやってやったの...
といかにも残念そうな顔をした。
モオリーは休暇に盛岡の相馬村へ行って、相馬大作の墓を見...
「ダイサクの墓《グレーヴ》に敬意を表しに行っただけなんだ...
と、うれしそうな顔をした。おれはむっとして、
「くだらない、お前はアメリカ人じゃなかったのか」
と毒づいてやると、モオリーは、
「イエス、アメリカ人はアメリカ人だが、お前が知っていると...
というと、おれの顎に猛烈なストレート・レフトを食わせて...
「アメリカが勝ったと思っていい気になるな」
と怒鳴りながら、懸命にはねかえしにかかったが、口惜しい...
「お前は右足がきくんだろう、なぜ足蹴《キック》しないか」
と忠告した。おれはそうだと思って、力まかせにモオリーの...
「ジュタロ、これで借りはないぜ」
といってヘラヘラ笑いだした。
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