オタク

 素敵な活字中毒者は本・読書オタクの話だったが、他のアイテムに置き換えられそう。

 ***を持たずに電車に乗ったら不安になる。
 ***を持っている人を見たら連帯感を感じる。
 ***を持っている人がいたら気になる。(聴いている、読んでる、使っているソフト、機種・・・)
 ***がたまっていく一方。

 オリジナルが本なので、利用形態の異なるデバイスにはあてはまらないが、音楽やデジタル機器には共通しそうだ。このうち3つに該当したらオタクとかね。派生的に俺が考えた追加質問。

 「そんなに溜め込んでどうするの?」と周りの人に言われる。
 外出のときに複数持ち歩く。
 出張・旅行のときの荷物の1/3以上は***関係だ。
 中古で投げ売りされていたら買わずにいられない。
 数を聞かれたら、即答できない。
 数を聞かれると、誇らしくもあり恥ずかしくもあり不安でもあり・・・・つい、少なめに申告してしまう。
 待時間があったら「ああ、***が使えたらなあ」と思ってしまう。
 ***に夢中になって乗り過ごしたことがある。

素敵な活字中毒者

 この本は、複数の作者が一つのテーマを与えられて書いたものではなく、バラバラにかかれたものを集めただけなので、統一性がないのは仕方がない。というか、そこが面白いところでもある。

 しかし、コレクターについて書かれた文は俺には退屈だ。コレクターはコレクターのカテゴリーで語るべきで活字中毒者ではない。様々なコレクターを扱ったものの中に、本コレクターとして登場していただいたらと思う。

 昔(といってもほんの10年ほど前以前のこと)は、活字中毒と本コレクターは見分けが付きにくかった。古文書の研究をする人にとっては状況は変わっていないのかもしれないが、一般でははっきり異なってしまった。

 著作権と集金システムが完成するまでは、紙版で出版される新刊本をネットで読むことは難しいだろう。しかし、プロの書く新刊本と同等のテキストがネットにはあふれている。ネットには、個人の生の意見や感想がある。面白いのは、既存のマスコミには取り上げられることなどない、生の生活者の感覚だ。

 この本に、新聞や雑誌を一日10時間以上もかけて読んでいる作家がいたが、そんな人間は今どうしているんだろうか。朝刊と夕刊だけでなく、リアルタイムで新しい記事が掲載される新聞サイト。しかも、4紙や5紙などというような数ではない。日本語で書かれた新聞だけでも100を下回ることはないだろう(地方紙、業界紙を含めば)。さらに、雑誌のサイトも数え切れない。

 そんなテキストジャンキーの過ごし方をうまく表現した関心空間キーワードが合った。

 小林秀雄の文章は興味深かった。澁澤龍彦と夢野久作の作品はすでに持っているので、新しくはないが、読んでいない人にとってはおいしいはずだ。後、椎名誠他の座談会も「そうそう」と膝をたたきっぱなし。この4作品のためだけでも、定価で買って惜しくない。もし古本屋で見つけたら定価より高くても即買いを推奨する。ちなみに絶版なので、新品の物を定価で買おうとおもってもできません。
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田辺聖子:
ほんとに好きな本にあったら
(あと何ページあるのかしら?)
と、こわごわ、うしろを見たりする。

小林秀雄
自ら行動する事によって、我を忘れる、言い代へれば、自分になりきる事によって我を忘れる、といふ正常な生き方から、現代はいよいよ遠ざかつて行く。

紀田順一郎
一種の無菌状態におけるフラストレーションの中に、崇拝の対象が見つかったのだから、狂信的になるのも当然である。他の一切は眼中になく、獲得のためにあらゆる手段を講じるようになる。

座談会より
・お菓子の中に必ず栞みたいなのが入ってるでしょ。食いながら、まずその文字を読んでるんだ。
・本や新聞をもたないで電車に乗ると、すごく怖いでしょう。
・怖いというよりも、空白感があるね。
・ときどき本を読みたいために、わざわざ鈍行で行ったり・・・
・昔は、本を読んでいると、同好の士という感じがわかったんだけど、いまはマスコミに動かされてるからわからないね。

アメリカン・タイム

 Hang Time(マイケル・ジョーダン物語)の作者で新聞のコラムニストだったボブ・グリーンのコラム集。

 コラムに求めるものの違いか、それほど鋭いとも面白いとも思えないものが多い。まあ、日本でも新聞のコラムに碌なものはないから当然か。でも、所々面白いフレーズはあった。皮肉な現実も・・・

 俺が馴染めないのは、新聞記者根性というのか、何にでも鼻を突っ込んで相手の都合や気持ちを無視して取材攻勢をすること。何かあるとすぐに電話で相手の心に踏み込んでいく。積極性は認めるが、自分の名声を利用して素人くすぐりをするやすもん芸人みたいでいやだ。ついでに言うなら、芸能人ヒッチハイクにも似た違和感を感じる。

何年か前・・・新聞にはレイプの記事が溢れていたものだが、どういう理由からか、最近ではほとんど目にすることがない。  もちろん、レイプが減ったわけではないと思う。ジャーナリズムというのは、ある1年、レイプについて関心を払い、翌年には酔っぱらい運転に興味を移していってしまうのだ。しかし、事件は相変わらず起こっているのである。

有名人が死ぬと細部にいたるまで描いていく記事が常套手段となった。・・・この傾向は、ふたつの作用をもたらすだろうと思う。ひとつには、世間の覗き趣味をかきたてること。・・・一方、記者連中に対しては、どんな悲劇の瞬間においてすら、自分たちは何か記事をものにできるのではないかーと思わせることにもなる。ウの目タカの目で些細なことをほじくりだそうと大童だったら、自分のやっていることがさして意味のないことだという事実にも目をつむっていられるのだ。

 指摘としては鋭くないし、俺ですら書いていることだ。しかし、新聞記者も気付いている人間はいるという点で重みがちがう(いやいや、それ以前に月とすっぽんだけどね)。

 皮肉なのは、「一編の死亡記事」というコラム。気になる人は買って読もう。

 後で気付いたけど、翻訳もイマイチ。特に会話文が「違う」。久生十蘭と比べるのは酷だけど・・・ちょっとなあ。

ここまでわかった宇宙の謎

 科学解説記事だが、少し古かったのが残念。スーパーカミオガンデもすばるもハッブル宇宙望遠鏡もまだ成果を報告していない頃にかかれているので仕方がない。

 この数年は、基本的な理論物理学では相対性理論や量子力学クラスの大きな発見はなかったので、かかれた内容が否定されるようなものではないが、「ここまでわかった」と2003年に言えるものではない。

 古本屋で見つけたら迷わず買いだが、定価(880円)ではちょっともったいないかも。でも、星の一生とか宇宙の始まりとかについて、初めて読むには読みやすく書かれていていい。

 他星人の存在についての考え方は俺が前から考えているものと同じだった。いや、ホント。この本を読む前から書いてたって・・・

アキレスと亀

1往復半で読みきった。一番後ろの表題作が面白かったので、投げ出さずに良かったと思った。しかし、表題作から読んではいけない。

この作品のためだけでも、100円なら価値がある。古本屋でみつけたらゲットだ。定価ではちょっともったいないかも。

Amazon.co.jp: 本: アキレスと亀

本屋

歯医者の帰りに息子と本屋によって、在庫があるというので注文したのに3日もかかってキャンセルされた「ルドルフとイッパイアッテナ」を買った。

 ついでに、コンピューター関係の棚に行くと、欲しい本が山のように・・・今、身につけたいスキルはネット周りのプログラミングだ(全然仕事と関係ないけどな)

DB操作 PHP,SQL,Python,Ruby…
言語 java,parl…
他:apatch,analog,ssh,xml…

 「一週間でマスターする」とかいうのがあるが、一週間でマスターできる範囲でできることは俺がやりたいことではない。かといって、自分のやりたいことを実現できるようなスキルはちょっとやそっとでは無理。

 後、言語の説明で、言語だけをマスターしても使い物にはならない。例えば、俺はBASICとCOBOLができる。後、FORTRANは大学の単位をぎりぎり取ったが、この教科のテストはコーディングシートにコードを手書きするというものだった・・・

 ただ、どれにしても、データの入出力やファイルの読み書き、DBのアクセスなどと組み合わせないことには「使える」ものなんてできない。

 娘は模擬試験とかで、学校。午後からクラブの練習と練習試合。帰ったのは夜の9時。食後自室に入って着替えることもせずに爆睡していた。お疲れさん

本が好き

 どっぷりつかったデジタルデバイスオタクであることは否定できないが、本も大好き。というか、ホントは本を読みたい。とりあえずの目標のtoeic700をクリアしたので、読書を解禁する気になった。この間、買い溜めた本が20冊くらいはあるから3ヶ月くらいはもつかも。

 そんな中、面白いサイトを知った。ユーザーが本屋として登録しお勧めの本を集めて説明を書くというものだ。amazonでもコメントや「この本を買った人は他にもこんな本を買っています」という、とんでもないおせっかいなことをしてくれて、芋づる式に欲しくなってしまうが、本屋形式はさらにすごい。ジャンルがディープでナードなので、似た指向の店長の書店に入ると「あれもこれも」になってしまう。もちろん「あれもこれも持ってる」にもなるんだけどね。

 自分で自分の好きな本だけで本屋ができるというのは贅沢だ。自分じゃ読みたくないような雑誌やエロ本、タレント本なんかは全然置かなくてもいい。在庫のことを考えなくてもいい。万引きも・・・

 本好きにはたまらない遊び場になりそうだ。時間ができたらゆっくりやってみたいが、俺が作ったら全然売上のない店になるかもな。というより、廃刊本図書館になりそうだ(^^;

 そこで、久生十蘭を検索してみたら、なんと「昆虫図」が、取扱不能になっていた・・・はあ・・・文庫本でこれ一冊といわれたら、ドグラマグラかこれかというくらいなのに・・・

esbooks.co.jp

すし

 夕方、歯医者に行った帰りに本屋と寿司屋によった。寿司屋はダメもとで行ったのだが、先週と比べるとかなり少なくて並んでいる人が見えなかったので入った。

 三島由紀夫「若きサムライのために」、吉田弘一郎「オブジェクト指向狂詩曲」、京極夏彦「ル=ガールー」を買った。前の2冊は100円、京極は900円だった。京極は娘に頼まれたものだった。

 京極の本の帯びに掛かれたキャンペーンが時代を感じさせる。「京極夏彦デザインのシャープザウルス最新版MI-E1」だって。MI-E1は俺の中で「最後のザウルス」と考える電子手帳型の傑作だと思う。それ以降のモデルはpalmの思想を取り入れたPDAタイプと思う。

 そんなことより「京極夏彦デザイン」というのが興味を惹く。筐体やソフトなんかに手を加えることは無理だろうから、カラーリングをするとかケースを付けるとか起動画面にオリジナルデータを入れるかといった程度だろうけど、欲しくはないが見たい。

 何より面白いのは、そんなものが本のキャンペーン商品として使われたという事実だ。