人は大きな不幸の前では小さな不幸など気にならない。

 昨晩、帰宅した俺は犬の散歩に出かけた。スーツの上着だけを脱いで。

 気のゆるみが合ったのかもしれない。帰りのバイクから元妻が去っていくのが見えてほっとしたからかもしれない。元妻は気が向いたときに夕食を作りに来てくれる。

 犬を引きいつものコースを歩く。ケータイを置いていかなかったのは、娘からの迎えに来てCメールを待っているから。

 犬が糞をした。しゃがみこんでスコップですくおうとしたとき悲劇は訪れた。

 シャツの胸ポケットに入れたA5502Kが滑り落ちたのだ。そう、俺の指の間をすり抜けて落ちていった数々の貴重なもののように。

 カラカラ・・・乾いた音を立て路面をすべるA5502K。その先には、湯気を立てる犬のうんこ。

 しかし、道端に生えた雑草に引っかかって10センチほど手前で止まった。「ラッキー!」俺は、ケータイを拾い上げながら大声で叫んだ。それは、プラトーンの映画ポスターのようだった(と、自分では思っている)。俺は、犬のウンコがつかなかったことを神に感謝した。路面で付いた傷など全く気にはならなかった。

 人は大きな不幸の前では小さな不幸など気にならない。

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