[[メアリ>メアリ・スチュアート]]が二度目の結婚をしたのは一五六五年、二十三歳に達した時であった。相手は[[ヘンリ七世>ヘンリー七世]]の曽孫にあたる十九歳の青年、ダーンリ卿である。首都エディンバラのホルリード城で、祝祭は四日間四晩ぶっ通しに行われた。
未亡人として女王は四年間、大したスキャンダルもなく、申し分ない態度で過ごしてきた。配偶者のいないスコットランド女王をめぐって、全ヨーロッパの宮廷は、激烈な花嫁争奪戦を展開した。スペインとオーストリアのハプスブルグ家、フランスのブルボン家が、それぞれ縁談の交渉人を派遣した。イングランドのエリザベス女王は、事もあろうに、かつて自分と浮名を流したことのあるロバート・ダッドリー卿を、[[メアリ>メアリ・スチュアート]]の夫として推奨してきた。(これはずいぶん失礼なやり方である)
ところが、全世界の期待を裏切って、[[メアリ>メアリ・スチュアート]]が自分の意志で若い男とひそかに婚約してしまったので、ひとびとは唖然としたのである。
女王の初恋。―二十三歳にして彼女は初めて、自分の若い肉体を、自分の生命を発見したのであった。それからというもの、彼女はただ自分の血潮の脈動にだけ、自分の官能と欲望の意志にだけ、ひたすら耳を傾ける女となってゆく。彼女ほど激情的な、女らしい女は世にもあるまい。[[メアリ>メアリ・スチュアート]]とくらべてみるとき、恋愛遊戯しかできない[[エリザベス女王>エリザベス一世]]は何と干からびた、とげとげしい、ヒステリカルな女性に見えることか。
[[エリザベス女王>エリザベス一世]]が現実主義者として、つねに国家[#傍点]に専念すれば、[[メアリ>メアリ・スチュアート]]はロマンティストとして、つねに自分自身[#傍点]に専念するのである。ここに、宿命的なライヴァルであった二人の女王の性格の特徴が、あざやかに浮き彫りされる。[[エリザベス>エリザベス一世]]は女として、奔放不羈な[[メアリ>メアリ・スチュアート]]の行動をどんなにか羨望し、嫉妬の焔を燃やしつづけたことであろう。
[[メアリ>メアリ・スチュアート]]は[[エリザベス>エリザベス一世]]を「お姉さま」と呼び、[[エリザベス>エリザベス一世]]は[[メアリ>メアリ・スチュアート]]を「親愛なる妹」と呼んで、二人は表面いかにも親しげに手紙のやり取りをしていたものであるが、ついに生前には一度もお互いに顔を合わせなかった。両方で相手を避けていたのである。
さて、[[メアリ>メアリ・スチュアート]]を惹きつけた若いダーンリは、美男子ではあったが、性格の弱い、見栄っぱりな愚か者であった。女王として名目上の王になると、この二十そこそこの若者は、たちまち傲慢にふるまい、主人顔で国事に干渉するようになった。
やがてメアリ・スチュアートも、自分の最初の美しい恋愛感情を、こんな無価値な青二才のために浪費してしまったという、やり場のない後悔と憤懣に責め立てられるようになる。彼女の感情の起伏はいつも激しく、極端から極端へ走るのだ。
苛立たしい幻滅と、肉体的嫌悪に彼女は堪えがたい思いをする。妊娠したことが分ると、いろいろな口実をつくっては夫の抱擁を避ける。彼女の気に入りの音楽家[[リッチョ>ダヴィッド・リッチョ]]が謀殺されたのは、このころのことだ。この陰謀には、夫のダーンリも加わっていた。事実を知ると、[[メアリ>メアリ・スチュアート]]は激怒する。そんなことから、夫に対する憎悪と復讐の念はいよいよ大きく育っていった。
#ls2(世界悪女物語/メアリ・スチュアート)