ヨーロッパの上流社会を股にかけて、多くの貴族や民衆を煙に巻いていた怪人物、錬金術師として有名なカリオストロ伯爵も、こんな時代に生きていた男である。この男の名声については、ゲーテやカザノヴァも触れているくらいで、まあ、奇人中の奇人と言ってよいだろう。みずから伯爵と称してはいるものの、じつはこの男、本名をジュゼッペ・バルサモというパレルモ生まれのイタリア人で、ごく身分の低い家柄の出だったらしい。親爺は本屋だったという。しかし本人の言によれば、母親の先祖ほ貴族だったそうで、カリオストロという奇妙な名前はそこから取った。
最初、パレルモの神学校に入って僧侶になり、修道院で医術や治療の勉強をして、教団の慈善病院の看護人となった彼は、やがて何かの理由で修道院を追われ、画家になる決心をして、諸国を放浪して歩いた。ずいぶん放蕩もしたようである。しかしこの放浪時代に、錬金術、占星術、カバラ、魔術などといった秘密の学問をみっちり修め、また医者としての腕をみがいた。怪しげな「若返りの水」と称するものを売って、生活の資にしていた。(この「若返りの水」というのは、十九世紀の魔術師エリファス・レヴィの説によると、「老人に青春の精力をただちに取りもどさせる、一種の生命の霊薬」であって、ギリシア産の甘味葡萄酒に、ある種の動物の精液と、各種の植物の汁液とを蒸溜して混ぜたものだという。レヴィはその処方を知っているが、自分は秘密にしておく、と言っている。)
ローマで十五歳の若い娘を誘惑して、とうとう彼女と結嬉したが、このロレンツァという女は非常に美人で、頭もよく、夫の旅行にいつもついて歩いた。夫の詐欺の共犯者にもなり、夫は金に困ると、この若い妻に売春までさせたというから、まことに似合いの、したたか者の夫婦というべきである。