しかし、パラケルススは喧嘩っ早く、傲慢不遜で、やたらに敵をこしらえたり、大言壮語癖があって、どこまで本当か分らないような大法螺をふいたりするので、まるで誇大妄想狂か、いかさま師のように見られていたところもあった。ボンバストゥスという彼の名前には、だから、後世になって「誇大妄想狂」という意味が出来てしまったほどである。
次に、パラケルススに関する伝説を一つ二つご紹介してみよう。
まず伝説の第一は、彼がつねに身辺から離さなかった剣である。彼の肖像画を見ると、必ず剣を握ったところが描かれている。この剣には、柄頭《つかがしら》に「アゾット」という銘が刻まれていて、その中には一匹の悪魔が封じこめられており、また剣の鍔《つば》には、象牙の容器が仕込まれていて、少量の「賢者の石」あるいは阿片チンキが封じてある、と信じられていた。そして彼は、自分の気にくわない相手には悪魔を送り、自分の味方には、医学上の万能薬とされていた「賢者の石」をあたえる、というのである。
パラケルススは医学史上はじめて、水銀とか、アンチモンとか、亜鉛とかいった金属による療法を用いて成功したので、そのふしぎな金属の効能が、大衆のあいだで怖れられ、こんな伝説を生む原因となったのであろう。悪鬼を手足のように使う怪人物として、彼は敵のあいだでも大いに怖れられていた。