人肉嗜食のことをアントロポファジー、あるいはカニバリズムという。この昔から知られている怖ろしい欲望には、いろんな動機があって、たとえば宗教や呪術の儀式の時に、信者が子供を殺して肉を食ったり、血を飲んだりするという習慣がある。肺結核や癩病をなおすのに、人間の肉を食えばよいという迷信もある。また未開民族が戦争や復讐で、敵を殺して食うのは、強い相手の力を自分の体内に取り入れ、自分のものにしようという気持からだろう。 しかし、わたしがここで御紹介したいと思うのは、そんな種類の人肉嗜食ではなくて、エロティックな動機により、やむにやまれず人間の肉を食うという、いわば病理学的な範疇に属する人肉嗜食魔なのである。 いったい、どうして人間の肉が食いたくなるのか。サディズムの衝動と言ってしまえば簡単だが、心理学の上からも、この問題は、まだ十分に解明されてはいないようである。しかし、それが一種の性的倒錯であるということだけは明らかで、犯罪史上に名高いヴェルツェーニ、ジョン・ヘイなどの告白を見ても、乳房を食い切ったり、流れ出る血を飲んだりすることが、性行為そのものよりも、どうやら彼らにとっては、はるかに大きな性的快楽の源泉となっているらしいのである。 |