当局者の命を受けて、この機密文書を彼の手から取り返し、交換条件として、フランス本国に帰ることを許可する約束を彼にあたえたのは、みずから英国に赴いて、この任に当った劇作家のボーマルシェである。有名な口八丁手八丁の男である。そのとき、死ぬまで女装して暮すべし、という一件も彼によって強引に承認させられた。たぶん、ボーマルシェは賭けをしていたのである。当時、騎士デオンが果して男であるか女であるかをめぐつて、ロンドンパリで、まるで競馬のような賭けが行われていたらしい。暇な人間もいたものである。騎士を無理やり女にしてしまうことで、利益を得る人間がいたらしいのである。考えられないような奇怪な話であるが、こうして彼は、国王および民衆の希望によって、女にさせられて[#「女〜て」傍点]しまったのだ。
 最初はみずから好んで、自分のまわりに伝説を築きあげてきた彼も、こうなると、犠牲者だった。彼は、自分でつくった罠に落ちこみ、自分でつくった伝説にとらえられてしまった。「嘘から出た真《まこと》」とは、このことであろう。彼はボーマルシェを怨んだが、どうすることもできなかった。


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Last-modified: 2008-03-20 (木) 16:19:08