大革命の嵐の前の、遊惰な気風のみなぎったパリの街角に、誰が作ったとも分らぬ、奇妙な流行歌のような歌の文句が流れた。
シュヴァリエ・デオンの
性器《セックス》は魔討不思議
てっきり男だと思ったのに
イギリスでは女だという評判
バルナバ親爺の
撞木杖もないという
このあと第二節、第三節がえんえんと続くが、かなり卑猥にわたる歌の文句の紹介は、このへんでやめておこう。じつは、この歌に歌われている騎士《シュヴアリエ》デオンという男が、これからお話しようという十八世紀フランスの奇人中の奇人、女装をした外交官なのである。
すでに生きているうちから、この男のまわりには、もうもうたる伝説の雲が立ちこめ、あるいは「スカートをはいたドン・ファン」などと悪口を言われたり、あるいは「性《セックス》のない人」などと軽蔑されたりした。しかし彼は有能な外交官で、モスコウやロンドンの宮廷で華々しい活躍をしたばかりか、多数の文学作品をも残した。また、当時の並びなきフェンシングの達人でもあり、竜騎兵大尉として戦争に出たことさえあった。こんな男らしい男が、どうしてまた、生涯のある時期、ずっと女装を通していたのであろうか。