今まで述べてきたところは、すべて現在のわたしたちから見て、過去の事件に関する予言ばかりであった。しかし一部の学者の意見によれば、ノストラダムスの予言は、二十世紀をはるかに越えた、もっと遠い先の未来にまで及んでいるという。たとえば第三次世界大戦とか、原子爆弾の濫用とか、地球の崩壊とかいった、おそろしい未来の破滅的な光景まで、ノストラダムスはちゃんと予言しているらしいのである。しかし、こればっかりは当るも八卦、当らぬも八卦で、何とも言えたものではなかろう。一つだけ、未来に関する予言を引用しておこう。第十巻七十二番の四行詩である。

   千九百九十九年七月
   空から恐怖の大王舞い下りん
   アングレームの大王復活し
   その前後にマルスが支配せん

 どうもこれだけではよく分りかねるが、とにかく西暦一九九九年七月に、おそろしい大戦争が起って、空から爆弾が降ってくるということらしい。「アングレームの大王」というのは、アングレーム伯と呼ばれたシャルル・ドルレアンの子フランソワ一世のことでもあろうか。マルスは戦争の神だから、やはりこの詩は、凄惨な大戦争の時代を暗示しているもののようである。一九九九年といえば、今から二十九年後のことだ。気になる話ではないか。
 予言とか占いとかに熱中する傾向があるのは、なにもノストラダムスの生きていた、十六世紀の愚昧な民衆ばかりではない。二十世紀のわたしたちだって、神秘や謎は大好きなのである。そうでなければ、週刊誌にあれほど各種の占いの記事が出るわけはないし、占星術の本があんなに売れたりする道理もないのである。
 もしかしたら、ノストラダムスのような人物は、そうした人間の弱味をちゃんと見抜いていて、思うように彼らを操っていた老檜な人物だったのかもしれない。自分の洩らす言葉に一喜一憂する無邪気な人間どもを眺めては、腹の庶でひそかに喋っていたのかもしれない。ミスティフィカシオン(他人を煙にまくこと)という言葉があるが、ノストラダムスこそは、まさにこの道の大家というべきで、もっばら他人を煙にまくことによって、彼は危険な陰謀や異端迫害の時代を巧みに生き抜いたのである。彼の生き方を以て範としたいと思うのは、わたしはかりではあるまい。


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Last-modified: 2008-03-21 (金) 00:04:27