かように知識は変化するけれども、変化しないものは毒殺犯の真理である。二十世紀という巨人時代に生きている毒殺犯も、その真理は中世紀のそれと大して異ならない。すなわち、彼らを行動に駆り立てる動機は、黒々とした情欲であり、利己心であり、復讐であり、嫉妬である。 二十世紀の真っ直中で、中世紀の妖術に類する行為すら行われている。 月足らずで生まれた娘は将来魔女になる、という迷信を頭から信じて、あるドイツの百姓が、自分の娘を毒殺してしまった話は、たしか前に紹介したと思うが、なにもこの事件ばかりが特異な例ではないのである。 占者、魔術師、いかさま医者の類は、田舎ばかりでなく文明国の都会にもはびこり、しばしば劇毒に近い薬や、怪しげな薬草などを顧客に売りつける。三流エロ雑誌の広告欄に、媚薬や強精剤の誇大な宣伝が出ているのは、昔も今も変わらない。 たとえば、こんな話がある。一九五五年、フランスで、四人の子をもつ精神病の母が、先夫とのあいだに生まれた息子を毒殺した。彼女は息子の恋人の書体をまねて、兵役に服している息子に手紙を書き、手紙と一緒にフェノバルビタールの小壜を送ったのだ。小壜のラベルには「婚姻の夜」と書いてあり、中身はいかにも媚薬のような、桃色のシロップ状の液体だった。手紙には、次のように書いてあった。
フェノバルビタールは、中枢麻痺を起すバルビツール酸剤の一種で、ガルデナール、ルミナールとも呼ばれ、睡眠薬に用いられるが、むろん、致死量を越せば死ぬのだ。ロベエルは媚薬を飲むつもりで、一息にこれを飲み、母親の思惑通り死んだ。… また、こんな話もある。一九五八年に、ある若いアメリカの未亡人が、毒殺犯人として電気椅子にかけられた。彼女は西インド諸島の邪教ヴードゥーの信者で、黒い蝋燭を燃やし、鶏の犠牲を捧げては、敵に呪いをかけていた。するうち、何をやっても自分の行為は絶対に誰にも見破られないという確信をもつにいたり、砒素を用いて二人の夫、義母、九歳になる自分の娘をそれぞれ毒殺したのである。… ケニアのある秘密結社が殺鼠剤を大量に買い占めたというので、同地に住むヨーロッパ人の植民者たちのあいだに、大恐慌が捲き起ったことがあったが、秘密結社といい、邪教徒といい、ファナティックな迷信的犯罪は、現今でも決して後を絶ったわけではないのである。 |