フランス薬物学界の長老ルネ・ファーブル教授の『毒物学研究序説』には、毒殺者の犯罪動機の分類が出ているが、興味深いものだから次ぎに引用しておこう。 1. 家庭内のいさかい四三% 2. 母親の手による幼児毒殺二四% 3. 姦通十% 4. 復讐九% 5. 金銭上の欲望九% 6. さまたげられた恋愛五% ファーブル教授はさらに、毒殺犯の七〇パーセントが女性であり、犯罪場所の七〇パーセントが田舎であるという事実を付け加えている。 それにしても、毒の行使者の七〇パーセントまでが女性であるということは、わたしたちの注意を引くに十分な事実であろう。男は一般に、こうした死の手続にほとんど誘惑されず、敵に対してさえ、毒の使用は避けるものであるらしい。歴史的にみても、有名な毒殺者はほとんど女性であった。毒による死は緩慢であり、毒を用いる女性はしばしば貴族的な美貌の持主で、凛とした気品があり、しかも才智にたけているだけに、男にとって恐怖と戦慄は一層大きいのである。 女性毒殺者の裁判は枚挙にいとまがないほどであるが、それらは多くの場合、いらだたしい一個の謎を犯罪史上に提出している。前世紀末の毒物学者ブルアルデルがしらべたところによると、毒殺の主要な動機は愛欲と遺産相続に大別されるが、それらのいずれにも属さない、表面的には何らの動機もないかに見える、説明不可能な犯罪例も実際に数多く存在するという。 これらの犯行はサディスティックな逸楽によるものか、さもなければきまぐれな「犯罪の芸術」とでも見なす以外には説明がつかない。嘘つきで虚栄心がつよい冷感症の女性に特有な、冷静綿密な予謀と、病的な残虐性とが必ず伴うものだからだ。 たとえば、「名誉のために殺したのです」と裁判官の前に告白した十七世紀のブランヴィリエ侯爵夫人など、その典型的な例であろう。あるいは、快楽のために二十八人もの人間を殺した十九世紀のヘレナ・ジェガート、わずかな保険金ほしさに百人以上もの人間に砒素を盛ろうとしたヴァン・デン・リンデン夫人など、やはり女性ならでは考えられない異常な犯罪例に属するものであろう。(個々の例は後に詳述する) おもしろいことに、毒殺に異常な興味をよせて殺人を犯した女性は、毒殺以外の小さな余罪、詐欺とか、強請《ゆすり》とか、窃盗とかを必死になって否認する傾向がある。虚栄心によるのであろろうか。ともあれ、同情心を集めるために、彼女らは自分が迫害されていたことを言い、どうしても罪を犯さずにはいられない事情があったことを主張する。モノマニアックな殺人愛好家であることを隠そうとする。昂奮して人事不省におちいった振りをしたり、神経的な発作に襲われた振りをしたりして、裁判官に自分の無実を印象づけようとする。 なかには正真正銘のヒステリー患者もあった(モンテスパン夫人やヴァン・デン・リンデンなど)。衝動的な、気まぐれな犯行もあった(クレオパトラの例)。だが彼女たちの大部分に、いわゆる変質性精神病の傾向があらわれていて、それが感覚や情緒面における錯乱を誘発していたことは、疑いないように思われる。悔恨の情がまったく見られない(アグリッピナやカトリイヌ・ド・メディチの例)。刑罰に対して無関心であ(ラ・ヴォワザンやナネッテ・シェーンレーベンの例)。 |