十六世紀ヨーロッパの著作家たちがほとんど一致して挙げている有害な毒物に、ヒキガエルの毒というのがある。 最近、いわゆる「ガマの油」から採れるレジブホゲニンという物質に、これまでのものとは桁違いに強力な血圧上昇、呼吸昂奮、強心などの作用のあることが発見され、日本循環器学会で発表されて話題になったが、中国の明時代から伝わる東洋の秘薬として名高い「ガマの油」も、用い方によっては、非常に危険な毒物としての性質をあらわすものであった。 ガマ(正しい名称はヒキガエル)の後頭部をしごいたり、ニラや胡椒のような刺戟物を口に入れたりすると、目のうしろの毒腺から白い乳状の液がやたら滴り落ちる。これを乾燥したものを蟾酥《せんそ》と言い、黒褐色のセンベイのような形をしている。 漢方ではこれを歯痛止めなどに使っているが、最近の化学分析法の発達によって、その成分が次々に解明された。レジブホゲニンもその一つで、蟾酥一キログラムから採れる分量は、二十グラムほどのわずかなものだ。その複雑な化学構造がジギタリスなどのような、これまでの強心剤と違うため、強心作用はないのではないかと考えられていたが、前述のごとく最近のわが国の臨床実験によって、ビタカンファなどの強心剤をはるかに凌ぐ効果のあることが発見された。 一方、現在世界でも屈指の毒物学者として知られるフランスのルネ・ファーブル教授の意見によると―
ところで、十六世紀フランスの有名な外科医アンブロワズ・パレは、すでに当時にあって「ガマのよだれ、小便などの発散物に強烈な毒性のある」ことを断言しているのであった。また同じく十六世紀ナポリの魔法道士バチスタ・デラ・ポルタも、「情事の際にガマの毒を用いて相手の男を殺す嫉妬ぶかい女がいるから、交合のあとでは陰部をよく拭いておくがよろしい」と、『自然魔法』(一六三一)という本の中に書いている。(柴田錬三郎の『眠狂四郎』にも、愛戯のとき陰部に毒を仕込んでおいて、相手の男を殺そうと企らむキリシタンの女が登場したと記憶する。) 沼地の葦のあいだに好んで棲息する年老いたガマこそ、ポルタにとって、最も理想的な毒薬の原料となるものであった。そしてこの激烈な毒に対しては、ある奇妙な解毒剤のみが有効なはたらきを示すのであった。すなわち、熱湯に漬けた弟切草《おとぎりそう》の葉に、百匹のサソリと、一匹の蝮と、一匹のモリアオガエルと、リンドウの根と、エメラルドの粉末とを混ぜて、これらの混合物を錫の壺のなかに貯蔵しておけ、というのである。 毒薬の製造法については、ポルタは正確な記述を避けているが、彼がガマの毒の化学的な研究を行っていたことは、次のような文章によっても明らかに窺い知り得る。
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