湖と森の多いスコットランドは、暗い情熱によって引き裂かれた悲劇的な国である。オランダやスペインやフランスのように人口の密集した、商業や貿易のさかんな、文化程度の高い国とは丸きり様子がちがう。シェークスピアの『マクベス』が見事に描いているように、貴族たちは血で血を洗う権力争いに明け暮れている。一方、狂信的なカルヴァン主義の布教者ジョン・ノックスは、説教壇の上で、フランスから帰った若い女王のカトリック信仰をあしざまに攻撃する。 少女時代のみやびやかな環境とはあまりにも異なる、この憎悪にみちた貧しい国土で、若いメアリは政治の面倒にうんざりし、争い好きな貴族や坊主たちのあいだで、次第に馴染めない自分を感じはじめる。だから、彼女が自分のまわりに小さな芸術的な社交界をつくり、詩人や画家のような洗練された人士を集めたからといって、彼女の享楽癖を一概に非難することはできまい。彼女が未亡人でありながら、何人かの男を寵愛したからといって、その浮気やふしだらぶりを一概に責めることはできまい。 しかし、彼女に思いを寄せる男たちが、後年いずれも悲惨な最期をとげたという事実にぶつかると、この薄倖の女王の性格に、なにか男の理性を狂わせる、不吉なものの影を認めないわけにはいかなくなるのである。 クルーエの肖像画では、その妖しい魅力が完全には分からないが、この少女のようにほっそりした、若枝のようになよやかな女王の肉体には、なにか男心を官能的に刺激するものがあったにちがいない。 フランスの宮廷で、彼女に熱をあげていた第一の男は、モンモランシー宰相の次男ダンヴィル卿であったが、スコットランドにきてからは、詩人のシャトラールが彼の立場に取って代わった。シャトラールはフランスから女王につき随ってきた男で、その詩才により、女王の寵愛をあつめたが、あるとき、無謀にも女王の寝室に忍びこんだ廉で、首を刎ねられた。 不幸なシャトラールこそ、メアリ・スチュアートのために死なねばならぬ最初の男であった。彼を先頭に、この女性のために断頭台へ歩を進める男たちの、蒼ざめた「死の舞踏」がはじまる。若い音楽家のダヴィッド・リッチョも、女王に愛されて大いに羽振りを利かせたが、貴族たちの反感を買い、ついに城中で滅多斬りにされて死なねばならなかった。あたかも黒い不吉な磁石のように、彼女の魅力に吸い寄せられ、彼女のために身を捧げる男たちは、いずれも破滅の道を歩むことになるのである。 |