恋人は何人もっても、結婚だけは決してしない女王。ここに、多くの歴史家が疑いの目をそそぐ、エリザベスの派手な恋愛生活の謎がある。彼女は果して処女であったか。 エリザベスの心情は、氷のような貞潔で満たされていたわけでは決してない。むしろ逆である。いつも美しい男たちを周囲に惹きつけておくのが、彼女の最大の願いだった。もしかしたら、彼女は夫をもつということが、女王としての至上権を弱める結果になることを見通していたのかもしれない。「わたしは結婚なんて考えるものいや」と彼女はロード・サセックスに語っている、「なぜって、自分の半身であるような相手なら、つい秘密を打ち明けてしまうこともあるじゃありませんか…」 これは恐るべき権力意志の表示である。彼女の宿命的な敵対者であるスコットランドの女王メアリ・スチュアートとは違って、エリザベスは決して理性を失うことがない。恋ゆえに滅びた、いかにも女らしい悲劇の女王メアリ・スチュアート…一方、権力意志の女王エリザベスは、女である前にまず君主であった。 こうして、エリザベスはレスター伯やその他の寵臣のみならず、諸外国の王様からの降るような求婚やら縁談やらも、ことごとく自分の意志で蹴ってしまうのである。 なかには、けしからぬ風評をまき散らす者もあった。当時の名高い劇作家ベン・ジョンソンによると、「女王には、男性を受けつけない粘膜があるので、いくら愛戯をこころみても駄目なのだ」そうである。 しかし、こんな無責任な放言はともかくとしても、彼女に幼年期の心理的トラウマ(外傷)による性的欠陥があったということは、十分ありうることである。 |