即以後、最初の数年間は、ネロはまれに見る善政を敷き、民衆のあいだに声望も高かったのである。しかし、やがて競争相手のブリタニクスに疑惑の目を向けるとともに、母親アグリッピナの後見が堪えがたい重荷に感じられるようになってくる。 もともとネロには、極端に臆病だという以外に、これといった欠点もなかったのである。音楽や詩を好み、身辺にギリシア人の学者を多く集め、贅沢三昧に遊び暮らしていれば彼は満足なのであった。 しかし、母親に対しては、ネロは幼児から故知らぬ恐怖心をいだいていた。かつてアクテーというギリシア人の女奴隷を愛し、結婚しようとまで思いつめたものであるが、側近のセネカに戒められ、涙をのんで諦めたこともある。この時も、アグリッピナは真蒼になって怒り、文字通り口から泡を吹かんばかりであった。 もう一つ、ネロが母親をかんかんに怒らせた事件は、寵臣パルラスの追放である。皇妃の公然たる情夫として、パルラスがともすると横柄な態度に出るのを、ネロはつねづね快からず思っていた。そこで思い切って彼を公職から追放したところ、これがアグリッピナの逆鱗にふれたのである。彼女はネロを面罵し、「お前には皇帝の資格なんてありゃしない。ブリタニクスこそ正統な帝位の継承者です」といって、あからさまに息子を弾劾した。 ネロはおびえて慄えあがった。 ラシーヌの悲劇『ブリタニクス』では、ネロがもっぱら悪玉として描かれ、アグリッピナやブリタニクスは、ネロの悪計に翻弄される犠牲者のように描き出されているが、実際のネロは、むしろ母の一挙一動に戦々兢々としていたらしいのである。「窮鼠猫を噛む」の譬えの通り、追いつめられたネロは恐怖心から、母やブリタニクスを一挙に除いてしまおうと考えたのだ。 こうして、ついに宿命的な悲劇が起る。 ようやく十五歳になったばかりのブリタニクスには、昔から癲癇の持病があり、ときどき意識を喪失することがあった。だから彼が毒で苦しんでも、病気の発作のせいだと人々は信じるはずだった。ネロはロクスタに命令し、なども彼女に実験をやらせた末、一瞬にして息の根をとめる電撃的な効き目の毒薬を調合させた。 今度もやはり、犯行は宴会の席上で行われた。ネロとアグリッピナがメイン・テーブルに坐り、少し離れた下座に、貴族たちに混じってブリタニクスのすがたが見えた。 タキトゥスの記述によれば、毒味役の奴隷が試食したあと、飲物をブリタニクスに差し出すと、彼は飲物がまだ熱かったので、ふたたびこれを奴隷の手にもどしたのだそうである。毒物はこのとき投入されたらしい。それは怖ろしい激毒で、一瞬のうちに、ブリタニクスは言葉もなく悶死した。 動かなくなったブリタニクスを、人々は急いで別室に運んで行った。一座はしんとなり、並みいる貴族たちは、みな疑わしそうに、皇帝の顔をじっと窺った。ところがネロは、落着きはらった表情で、「どうせ癲癇の発作だろう。あいつは子供のころから、いつもこうなんだ。大したことはあるまい」とうそぶいたのである。 一方、アグリッピナは真蒼になっていた。ネロが何といおうと、彼女には一切が明瞭に理解できたにちがいない。頼みの綱、ネロに対する圧迫の武器が、こうして彼女の手から奪われたのである。 遺骸は朝になると、さっそく埋葬されることになった。無気味な斑点が死体に現れはじめたので、これを隠すために、死体に石膏が塗られた。しかし葬儀の最中、はげしい雨が降り出して石膏が流れ落ち、黒ずんだ斑点はだれの目にも歴然となった。 一両日のうちに、ブリタニクス毒殺の噂は街々にひろがった。 |