こうして皇妃《アウグスタ》になったアグリッピナは、三十三歳で絶大な権力を掌中におさめた。彼女にとっては三度目の結婚であるが、そんなことはどうでもよかった。おのれの野心のためにはどんな不倫であれ背徳行為であれ、これを犯して一向に恥じない。要するにこれが彼女の生き方であったからだ。

彼女は進んで国事に干渉し、元老院の会議にも出席した。彼女の肖像をきざんだ貨幣が鋳造され、各地方では、彼女の似姿が神のように礼拝された。彼女以前に、これほど輝かしい権威を誇ったローマの女帝はなかったし、彼女以後にも、ビザンティン帝国テオドラを除いては、ほとんど類を見ない華々しい権勢ぶりであった。プリニウスの伝えるところによると、アグリッピナはある祭日に、全身「黄金づくめの豪華な軍服を着て」あらわれたという。

アグリッピナにとって、恋愛はつねに目的ではなく手段であった。皇帝の寵臣パルラスと慇懃を通じ、彼の公然たる情婦になったのも、この男の政治的発言力を利用しようという目的からだった。自分の権力をのばすためにしか彼女は男に身をまかせなかった。

彼女の嫉妬ぶかさや残酷ぶりも、メッサリーナに劣らず非常なものである。皇帝がある日、その美しさを讃めたというので、カルプルニアという貴婦人は翌日さっそく追放の憂目にあった。また、皇帝争奪戦相手だったロリア・パウリニアという貴婦人が処刑されたとき、アグリッピナは、わざわざ斬り落された首を目の前に持ってこさせ、死んだのが果して本当に彼女であるかどうか確かめてみるために、みずから首を両手で持って、その口をこじあけ、歯の特徴を仔細に観察したともいわれている。


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Last-modified: 2005-02-26 (土) 13:05:16