一七八九年、フランス革命が起って、ルイ王朝がつぶれると、サドはようやく自由の身となって、バスティーユ牢獄を出ることを許される。ところが、このとき、じつに不思議なことが起ったのだ。
あれほど長い年月にわたって、忠実に夫に仕え、夫の出獄の日を何よりも待ちわびていたはずの夫人が、どうしたことか、修道院に閉じこもってしまって、訪ねてきた夫にも、会いたくないと伝え、離別の意思を明らかにしたのである。
夫人の心は、謎としか言いようがない。三島さんの戯曲『サド侯爵夫人』も、この謎を解こうとして書かれたものだった。