父にはずかしめられた十四歳の少女は天使のように愛らしかった

赤と黒』や『パルムの僧院』の作者として、だれでも知っているフランス十九世紀の小説家スタンダールの作品に、『イタリア年代記』という短篇集がある。スタンダールは、ルネサンス時代のイタリア人のはげしい情熱、犯罪や流血のまえにもひるまぬ彼らの精力に、すっかり魅せられて、この短篇集を書いたのであった。

この短篇集のなかに「チェンチ一族」という一篇がある。これは、チェンチというイタリアの名門の貴族の家庭で起こった怖ろしい悲劇の物語だ。小説ではなくて、実話なのである。

フランチェスコ・チェンチという男は、いかにも当時のイタリアの貴族らしく、悪逆非道の放蕩者で、家庭の暴君であった。子供が七人あって、二人の娘のうちの妹のほうは、ベアトリーチェとよばれた。

このベアトリーチェがようやく十四歳になって、輝くばかりの美しい少女に成長すると、父のフランチェスコは、彼女をだれとも結婚させないために、自分の宮殿の一室に監禁し、食べるものも自分で運んでやるようにしてしまった。そうしてある晩、腕力で無理やり自分の娘の純潔をうばったのである。

ベアトリーチェは父親にはずかしめられると、これを深くうらんで復讐を思いたち、機会をうかがっていた。

兄や義母とともに陰謀をめぐらして、ある夜、二人の家来に金をやる約束で、阿片を飲まされて熟睡している父を殺させたのである。

二人の家来が去ると、義母と娘は力をあわせて、死骸の眼玉と首に突きささった兇器の大針をぬき、シーツで血みどろの身体をくるんで、庭にしげったニワトコの樹のうえにこれを投げすてた。

世にベアトリーチェが「美しき親殺し」というアダ名でよばれているのは、この父親殺害のためである。


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Last-modified: 2009-03-25 (水) 23:01:48