権力を争う母と子、ネロとその母暴君ネロのお母さんといえば、そう聞いただけで、どんなに物すごい怪物のような女かと思うだろう。たしかに、ローマ皇妃、アグリッピーナは、権力ヘの野心に燃えた、残忍な、したたか女であった。 日本にも、北条政子や淀君のように、政治上の権力をふるった女がいないわけではないけれども、彼女たちにしたところで、とてもアグリッピーナのように、毒殺など平気でやれるような残忍な性質の女ではなかった。どうも日本には、歴史を眺めても、スケールの大きな悪女がいないようである。 アグリッピーナの二度目の結婚の相手である、ローマの一貴族とのあいだに生まれた子供が、ネロだった。足から先に、ネロは母親の胎内を出てきたそうである。 赤ん坊が生まれたとき、高名な占星術師に未来をうらなってもらうと「この子はやがて皇帝になって、母を殺すであろう」というご託宣だった。するとアグリッピーナは、不安になるどころか、大へんな喜びようで、「皇帝になってくれさえすれば、殺されたって結構よ!」と叫んだという。この不吉な予言は、しかし、やがて事実となるのである。 皇帝クラウディウスの妻は、淫乱で名高いメッサリーナであったが、彼女が殺されると、かわってアグリッピーナが皇妃の地位についた。彼女の三度日の結婚である。こうして権力の座につくと、アグリッピーナは、たちまち邪魔な夫を毒殺して、自分の息子のネロを皇帝の地位につけてやる。ところが、あくまで権勢欲の強い彼女は、今度は息子と争うようになる。 |