ニセ記憶植え付けは容易

 繰り返し取り上げている「自分の知覚・記憶は他人と同じくらい信用出来ない説」を補完する実験結果といえる。

「虚偽の記憶を減らす方法 」というより「記憶に影響するバイアスを排除する方法」

 これを考えると、いかに目撃者証言があてにならないかが分かる。目撃者の偽証という意味ではなく、本人には全く悪意がなく誠実に受け答えしていてもどのていど事実かどうかは分からない。

 しかも、おそらく証人は、何度もその時のことを思い出し記憶を再構成するだろう。そしてそのたびごとに記憶が強化されるだろう。それだけでなく、証言の間に読んだマスコミの憶測記事によって刷り込まれた偏見が加わっているだろう。

行っていない犯罪のリアルなニセ記憶植え付けは容易、心理学者チームが実証
「人の記憶はあてにならない」とは、程度の差はあれ誰しも実感する話です。しかし自分の犯罪歴という重大な事柄についても、特定の技術を用いることで多くの人にリアルな偽の記憶を植え付けることに成功したと、英国・カナダの心理学者チームが発表しました。

過去の犯罪についての偽エピソード記憶植え付け実験の結果を発表したのは、英国 University of Bedfordshire の Julia Shaw氏、カナダ University of British Columbia のStephen Porter 氏ら。

Shaw氏らによると、成人30人を対象に三回の面談を通じて複数の記憶操作テクニックを用いたところ、70%を超える被験者が、「暴行や窃盗を11歳〜14歳の時期に犯したことがあり、警察の取り調べを受けたことがある」という架空の記憶を「克明に思い出した」とのこと。

「記憶操作法」と聞くとなにやら極秘事項となっておりお見せすることができない系の特殊な交渉術が思い浮かびますが、実際には「あらかじめ家族から聞き取っておいた本物の過去のできごとを混ぜて回想を誘導する(自分について自分以上に詳しい相手と思わせる)」「面談者が被験者と感情的にも信頼関係を築く(この人が嘘をつくはずがない、一緒に頑張って思い出そうと思わせる)」「記憶を元に絵に描きださせることで、実際には起きていなかったことまで補完させる」「過去の犯罪については家族も認めていることを前提に話す」など、一般的に想像される誘導尋問や心理学的テクニックの範疇です。怪しい光線や薬物は(今回は)使っていません。

実際の実験の手順は、

1. まず60人の被験者を2つのグループに分ける。片方は「11歳から14歳の時期に窃盗や暴行をしたことがあり、警察官が訪れて話を訊かれたことがある」という架空のできごとについて、片方は犯罪歴ではないが感情的なできごと(大怪我をした、大金をなくした、犬に襲われたetc)について偽の記憶を思い出すよう設定される。

どちらのグループも、当時の保護者への聞き取りにより、思春期に実際に体験したできごとについての詳細な記録を実験者側が把握しておく。(同時に、架空の犯罪歴を思い出すよう操作されるグループは、たまたま本当に合致する犯罪をしていなかったことも確認する)。

2. 期間を空けて三回の面談を実施。第一回目は、あらかじめ当時の保護者から得ていた情報を使い、実際に起きたできごとについて、できるだけ克明に思い出すように促される。この時点で信頼を築く。

3. 二回目以降は偽の記憶について、あくまで実際に起きたことだが忘れているので思い出せるよう手助けするように誘導する。

4. 三回のセッション終了後、実際には起きていなかった架空のできごとについて思い出せたか、どの程度「記憶」に確信を持っているか尋ねる。

論文によると、最後の偽記憶についての聞き取りの結果、架空の過去について確信をもって思い出したと回答し、かつ偽記憶について10点以上の細部まで「思い出して」みせた被験者の割合は、犯罪歴について71%、犯罪ではないが感情的に大きなできごとについて77%に上ったとのこと。

この偽の犯罪についての記憶は実際のできごとの記憶と同様に詳細で、視聴覚や香りなど複数の感覚についての回想まで含まれていたとされています。

人は誘導されると実際には起きていないことまで克明に思い出してしまうことは従来から知られていましたが、今回の実験の意義は、それが自身の犯罪歴のように重大なことがらであっても、そうでないできごとと同様にはっきりと、豊かな内容のエピソード記憶として「思い出す」、つまり記憶を捏造すると実証した点にある、とされています。

一方で著者らも指摘する課題としては、被験者が本当に嘘の記憶を思い出したと信じていたのか(ややこしい)、それとも最後の聞き取りで正直に回答しなかったのか厳密に区別できないことや、面談を担当した実験者が一人だったため属人的な要素が与えた影響が計測できないこと、具体的にどの誘導・説得テクニックに効果があったのか、その内容が2グループそれぞれの結果に与えた影響などが挙げられています。

また犯罪歴といっても所詮は11歳から14歳という過去であること、殺人など極めて重大な犯罪とは異なり現在の被験者にとって「自白」のリスクが低かったことの影響もあるかもしれません。

さて、テクノロジーニュースサイトのサイエンス記事としては、人が過去のどの世代よりも膨大な写真や記録を残すようになった現代における「過去」の改竄や、フィクションの模造記憶ネタを絡めて軽くオチをつけたいところですが、「家族はすでに認めている」と偽る生々しい誘導法を想像すると、また自白偏重といわれる司法制度や報道を思うと、あまりふざけてもいられない恐ろしい話です。とりあえずは自衛策として、自分の記憶や言動についての信頼性は日頃から積極的に否定しておき、自白になんの価値もなくすオオカミ少年メソッドを採用したいと思います。

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